12月7日 日曜日 晴れ
「千と千尋の神隠し」を観ました。
正直な感想を。
「もののけ姫」より好きでした。ただ、ファンタジーに関する表現の感覚が違いすぎて、置いて行かれた感は否めず。飛躍しすぎるストーリーと、過度のファンタジーに次第に気持ちが離れていく自分がいました。音楽も生理的に厳しかったです。監督がどうして、この人を起用するのか、僕にはわからない。相変わらず表現が豪華すぎて、主張はするけど耳には残らない。エンディングの歌も、だいぶキツかったです。たぶん、映画館で見たら絶望的な気分になる。
ただ、キャラクターの設定に監督の創造性をとても感じました。念願の「かまじい」はあの人とあの虫と菅原文太さんでこうなるんだって。夏木マリさんの声の表現も素晴らしかったです。
正直、こんなにわかりやすいものを観客に提示しているとは思わなかったのです。もっと「侘び寂び」の表現だと思っていました。世界的に評価されるってことは。昨日体験した「鼓」はその極致で、とっても感銘を受けたのです。表現しない圧倒的な「間」によって表現すること。僕にとっては引き算の表現がロックであれ、アニメであれ、好きだってことをこの映画が教えてくれた気がします。足し算はキツいんです。
定食に例えるなら、とんかつ定食はキャベツやパセリや辛子も重要な役目を果たしてるわけで。とんかつは一枚でじゅうぶんなんです。わかってもらえるかなぁ?この例えで。
そこはかとなく、電通と日テレの臭いもします。それも残念。。。これはプロデューサーの手腕か。でも、ちょっと前にジョン・ランドゥのなにがなんでもアーティストを守る姿勢を見たばかりなので。。。やっぱり臭うんです。
かくいう僕もいくつかアニメのサントラを任されたことがあるわけで。
監督からのリクエストは「形容詞」でした。「主人公悲しむ」とか。笑。動く絵を一切見ることなく、形容詞とキャラの顔だけを頼りに、廃校になった小学校跡の牛小屋に機材をすべて運び込んで、午前中作曲、午後から録音という日々を過ごしました。その時のレコード会社は金は出してくれたけど、口は挟まなかったし、監督は僕が音楽を創っている場所にバイクで来てくれて、作画していました。すべてを任せてくれたんです。今、振り返ると恵まれてたなぁ。
実はそのドキュメントがあります。あれも、著作権とか超えて、公開できたらいいのにな。なかなかにアナーキーな現場です。
なにはともあれ。
屋久島に行くことで、初めて体験させてもらったふたつのジブリ作品。正直、お腹いっぱいです。ありがとうございました。これ以上、ジブリ作品を見ることはもうないと思います。逆説的ではありますが、表現について深く考えさせてくれたことに感謝しています。同時に自分の表現がこの国でどうしてポピュラリティーを獲得しなかったのかも、よくわかりました。その上で、自分が信じる道をまっすぐに行くべし、ですね。
老婆心ながら、子供にこれを見せていいのか?と。自分に子供がいたら悩むと思います。まさか、千尋の両親が人間に戻って、なにもなかったかのように映画が終わる、なんてことないよな。と思っていたら、その通りになって、かなり面食らいました。僕が6歳だったら、両親が豚のまま千尋と引き裂かれないと納得しないと思われ。そんなクソガキも一定数存在するんです。
イージーライダーもインディアンランナーも。あの救いようがないエンディングに逆説的に希望を感じるんです。どれだけその表現に励まされたか。
昨日からずっと考えていて。6歳の僕を親父がチャップリンの映画によく連れていってくれました。「モダンタイムス」とか「犬の生活」とか「街の灯り」とかです。強烈に感動したのを覚えています。あれは確かな教育でした。世界の理不尽さと、希望と、絶望と、笑いとペーソス。その全てが無音で表現されていたからです。そこには「間」があった。それが自分にとってはいちばん大事な体験だったのかも、と。
もちろん、その映画が好きな人がいて、とうぜんです。でも、なんでもわかりやすくってことに、ものすごく違和感を感じます。そのファンタジーを見たとしても、1ミリも幸福にはなれない。昨日書いたことを、もう一回ペーストして、ジブリ体験は終わりにします。
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ちょうど屋久島から帰ってきたところで、あの小さな島は2000メートル級の山が90%の土地を占めていて、南国から北海道までの植生があって、アミニズムそのものだった。花崗岩の岩盤の上に3000年級の杉が生えてて、土の上じゃないから、地面で根っこが絡み合って支えていて。その螺旋と渦が今日のヴィジョンとまるで合致してた気がしてる。
人って、そこに畏怖を感じて暮らしてさえいれば、世界はこんなにクソにはならないのにって。
リアムがスマホを持ってることに驚いたけど、やっぱりボロボロだった。笑。オレたちみたいなのが、率先して捨てたらいいんじゃないかな。笑。
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そんなものがない世界って、自分が率先して捨てれば、簡単に実現するじゃんって思うんです。もはや、それなしでは都会では生きられないけどね。飛行機も電車も乗れないし。笑。
ジブリ的プロモーションの核って、つまり「お金」ですよね。
ジブリは創る人と売る人がタッグを組んで、ハッキリ役割分担してて、それが一つの「成功」の要因なんだろうけれど、
ジブリのぬいぐるみ一つの値段やテーマパークみたいののチケットの取りづらさを見ると、殺伐とした気持ちになる。
結局、某テーマパークと同じ役割なんですよね。
親も子もその「ファンタジー」に癒されるのは、「その世界に浸ろう」という確信犯的な「現実逃避」だから。
創っている人は心が綺麗なんだろうとは思う。
それにあやかれる、現実からの希少な避け所だから、こんなにも人気があるんだと思う。
オススメのブルース・スプリングスティーンさんの映画と対極。
「この世界」を相手に格闘する、スプリングスティーンのような魂で生きるミュージシャンが、これ以上ジブリを観る時間も必要も無いと感じるのは、必然ですね。
ジブリ的プロモーションとは無縁の、「この世界」を行くための道しるべのような新アルバムを、渋谷でゲットするのが愉しみです。
なんと!ヒヲウのサントラ製作時のドキュメントがあるとな!?
それは観てみたいなぁ。
あの頃もヒロシさんの日記を読んでたからすごく興味あります。
ジブリに日テレや電通を感じるのは仕方ないですよ。
そういう中で作られているんですから。
すごく大勢の人が見ることを想定して作られる作品なので、やはり足し算の作品になるんでしょうね。
両親が豚のままのエンディングにしたらどんな評価が出るのかはとても興味あります(笑)
ヒロシさんにお勧めできる作品はないかなぁと考えるんだけど、思いつかないです。
今公開されているペリリューって作品は漫画で全部読んだのですが、なかなか考えさせられる作品でした。
子供の頃から戦争は絶対嫌だと思ってたので、もうお話が残酷で、ね。。
絶対戦争はイヤ!
戦争関係のアニメで『この世界の片隅に』というのがありましたが、知ってますか?
この作品がヒットした時に原作漫画を読んだのですが、この作品より同じ作者の「夕凪の街 桜の国」という作品の方が良かったです。機会があったらぜひ!
長々と失礼しました。
67歳のおじいです。わたしにとって漫画と云えば、手塚治虫の「どろろ」「火の鳥.鳳凰編」ですね。感動は今でも色褪せることはありません。
同感です。
薄っぺらいんですよね・・・。セリフで説明するのも興ざめです。
世界ってそんなものじゃないだろと。
魂を鷲掴みにされるものが観たい、聴きたいです。
ヒヲウのサウンドトラック制作ドキュメント上映会を開催して下さい!ジンジン!サントラ2の「幕末ネバーマインド」の乱痴気セッションは勿論ですが、「華のかぞへ唄」における子供歌唱している(いや、しない様にしてるかな)ところなぞみてみたいです。後者は日本の隠れた名曲チルドレンソングです。
昨日のリアム(英国兄弟にあらず)が、
ふんにゃりじわじわと身体に残っているのですが、
61歳リアム現在の風貌と佇まい(裸足含む)って、
ジブリからアニメ化のオファーありそうだなぁ、
と思うてしまった。眺めの良い大樹のようなリアム。
大同感です。
前に書き込みしてんだけど‥‥何かちゃんと反映されて無くて尻切れてだけど‥‥何書いたか忘れたので違う事書くね。
宮崎さんは天才だけど経営が下手で作品にこだわり過ぎてお金もかけ過ぎてしまい結局はジブリは倒産して日テレの子会社になった。
好きだった尾崎豊も事務所トラブルで自社を立ち上げて作品を作るだけで無く営業もしなくてはなら無くなった。
プロレスNOAHの三沢さんもテレビを離れ自分の怪我体力が落ちて来たけど社長として経営者としてもリングに立たなくてはいけなかった。
皆んな生命を削ってる。
山口さんもギリギリのところで作品作りをされてる。
そんな方々に自分に無い物をみてとても惹かれる。
山口さんがジブリ作品を見て好きになるとは最初から思わ無かったけど
でも山口さんがジブリ作品を観た事が大事で、事件って言っても言い。
俺からしたらね。
俺は映画好きで山口さんが嫌いであろう作品がいっぱいある。その俺は
山口作品が好き。ふふふこれが大事よ。
山口さんは常にインディアンランナーをリスペクトに上げて来た。
ショーンペンのサントラを手掛けたいとも。
ジブリはもう観ないってなら宮崎さんより高畑さんの方がまだ合う気がする。じぇりん子チエがええかもね。
山口さんに勧めるなら何なんやろうまずエンタメ勧善懲悪は駄目やホラーSFはもってのほか。
スタートオブグレースかなぁと思ったけどショーン出てるから観てるか。
デルトロの誘拐犯。うーむ分からん。泥の川。