10月28日 月曜日 晴れ R.I.P Lou Reed
ルーが死んだ。
「死」は特別なことではないし、誰もが一度だけ経験できることだと思って生きてきた。自分の番がやってきたなら「ああ、そうですか」と普通に云えるように日々を暮らしているつもりだから、誰かが死ぬことでショックを受けることはもうないものだと思っていた。
朝方、そのニュースを聞いてから、脳髄が痺れたままだ。ジンジンする。彼の曲が消えてなくなることはないのが分かっていても。同じ時代に生きてくれているだけで僕にはとてつもない力だったのに。
ルーは父親を除いて、僕の人生に一番影響を与えてくれた人だ。彼が居なければ、ミュージシャンにはなっていなかっただろうし(言葉が違うな – なれなかっただろうし)、なっていたとしてもソングライターにはなれなかった。たぶん、まったく違う人生を送っていたはずだ。
16歳。僕は田舎の中途半端な進学校に通っていた。あったのは疎外感だけ。学校では何も学べないことを日々学んでいた。ガールフレンドが休んだ日は、ほとんど生きている意味を見いだせず。そんなときに聴いたのが「Walk on the wild side」。まるで脳天を串刺しにされたような衝撃だった。
どうしようもない5人のフリークスたちが淡々と描かれる。彼の音楽は叫ぶ必要がなかった。コードはDとGとEmの3つだけ。たった5分の曲の中に短編映画が5つ詰まっているようだった。何を歌っているのかどうしても知りたかったけれど、肝心な言葉に限って辞書には載っていなかった。英語教師がNYのスラングなんて知る訳もなく。知りたいことは自分で知るしかないのだった。それだ。目の前に道が見えた。彼の音楽は僕の光だったのだ。とにもかくにも。僕はワイルドサイドを歩くことを決めた。16歳のその日から。
彼のことなら、いくらでも書くことができる。でも、書かない。僕はまだその道を歩き続けている。きっと死んでもどこにもたどり着かない。ジョーが死んで、ルーが死んだ。あとは自分でやるだけなのさ。
ルー、心からありがとう。ゆっくり休んでください。
僕はこの1983年2月のNYボトムラインでの演奏が好き。客席にはアンディー・ウォーホールも来てた。
山口さんの曲を聴くとルーの影響はわかります.I HAVE NO TIMEとかルーのあの曲のアンサーソングだなぁーと思ったりします。悪転するとき時の流れはイージーじゃないぜ、そんな歌だったかな?僕のワイルドサイドはここから始まるのだ。ロックンロールをありがとう。
先日、たまたま書いた詩の一節から…
Lou Reedの“Coney Island Baby”の青年は
夢も叶わず、友にも裏切られ、途方に暮れたままだった
過ぎた日々を、やり過ごして来れただろうか
言葉失くすな…おやすみ、Lou…やすらかに…
マジですか・・・
もう20年以上前になるかと思いますが、1度だけルーのコンサート(ライブ)に行ったことがあります。中野サンプラザに。
その時のカッコ良いステージは今も頭の中に鮮明に残ってます。
その頃に誰かから聞いたのですが、ルーは「俺が死んだら皆が「Walk on the wild side」を歌う(聴くだったか・・・?)んだろうな」と言っていたとか。
今日はルーのアルバムを引っ張り出して「Walk on the wild side」を聴きます。
どうか安らかに・・・
合掌
20年位前、九州厚生年金会館。いきなりのsweet jane に腰を抜かしそうになりました。彼のライブは音が良かった。かなり音響には気を使っていたそうですね。
R.I.P.
山口さんは16歳で出会ったんですね。
姉が「トランスフォーマー」を持っていてレコードが聴ける環境になった
17歳でルーリードに出会いました。
そのレコードは今自分の部屋にあります。
ベルベットも10代で聞いてcandy saysの歌詞が心に残りました。
前に1回だけ投稿しましたが日本で彼のカバーを初めて見たのは20年以上前?ロフトでsatelite of love を演奏したheatwaveでした。
これからまだまだ彼の作品を聴いていきます。
紹介してくれたYou Tubeからデイブ・スチュアートとバネッサ・パラディの『Walk on the wild side』に繋がり、夕べから繰り返し聴いてしまっています。音楽の広がってゆく感じがいいなぁって、思います。
ルーリードが亡くなって、ロバートクワインが亡くなったとき山口さんがラジオで追悼番組をやったときのことを思い出します。彼達の音楽を評論的に語ることばを見つけようと思えば見つかるのだけど、中学生のときに聴いて初めて思ったのは「ただ、なんてカッコいいんだ」それだけでした。それから何十年も経ち、たまになんで今でも聴き続けているんだろう?と自問してみても、カッコいいから、それしか思いつきません。ロックンロールという5分間の物語を一遍の小説にも値する作品に昇華させた人、また、ギタリストとしてそのサウンドにも拘り続けた偉大な人であったと思います。