月別アーカイブ: 4月 2012

広島にて

4月19日 木曜日 雨   ヲルガン座で歌いました。店主のゴトウ・イズミとたっくさん話しました。彼女はなんと大学の9年後輩でした。彼女がデザイン科、僕は美術科。そんなことより、ひとつひとつに愛を込めて、生きること。それを互いに学んでいるところなのだと思います。すいません。もうまともな文章を書ける力が残っていません。これが今日の俺の全力って情けないけど、事実です。来てくれて、ありがとう。 Messsages for Soma City 120419 広島県広島市 と書こうとしたけど、無理っす。ちゃんと書き写す力もなし。明日ね。すまん。でも、たっくさんの力をありがとう。

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2012年春、広島にて

4月18日 水曜日 晴れ  数年に一度、僕はこの公園を訪れる。自分がどう変わって、どう変わらなかったのか、無言のうちに教えてくれる。今日は何と云うか、その。語りたくない。僕は今まで一度もカメラを向けたことがなかったけれど、伝えたかったからシャッターを押した。今日は写真に語ってもらおうと思う。 Messages for Soma City 120417 京都府京都市にて Kさん 42歳 京都府 被災地の皆さんの声に耳を澄まし、また自分の身近にいる人達の声も聴き、何かを見い出したいと思っています。 Aさん 40歳 大阪府岸和田市 勤務先の病院の談話室にそっと置いていたかえる新聞とMY LIFE IS MY MESSAGE3がいつの間にかなくなっていました。相馬の事を思ってくれる人が増えるよう、これからもそっと置き続けます。どうか子どもたちを守ってあげてください。 Oさん 53歳 大阪府吹田市 今日は京都拾得です。山口洋さんより相馬の話をあれこれお聞きました。子どもたちがガラスの線量計を付けている話には驚きました。すみませんが、私は後で後悔しないためにも転居した方が良いと思います。本当に子どもたちには可哀想すぎます。 Mさん 43歳 兵庫県神戸市 まだまだ苦しい事、つらい事がいっぱいで、心が折れる事も多いかと思いますが、どうかあきらめないで下さい!私も自分のLIFEをあきらめずに生きます。I LOVE YOU! Oさん 48歳 兵庫県西宮市 元気をもらいにやって来ました。相馬や被災地の方の事を思うと落ち込んでいられませんね。山口さんも体に気をつけて歌い続けて下さい。 Sさん 42歳 京都市 わからなかったり、遠かったり、知れなかったり、見えなかったり、気付かなかったり、そして見なかったり、知ろうとしなかったり。どーしよう。 Nさん 32歳 大阪府 相馬の現実を知り、正直想いがまとまりません。でも子どもたちの笑顔を守りたい。大人が出来ることを考え続けていきたいです。 Nさん 38歳 奈良県 あれから1年、もう、、まだ、、まだまだ、、たった1年。本当の現実はメディアでは知ることができず、本当を知る人から聞くことで現実を知る。同じ日本で暮らし、同じ空を見て、同じ時間を過ごすのに、おかしなことにNOと言い、正しいと感じることに動力を使いたい。一緒に。 Aさん 30歳 京都府 たくさん声を届けて下さい。そこから僕らが出来る事を探します。 Uさん 32歳 大阪府色んなこと、色んな思いがあると思いますが、負けないでください!! Tさん 48歳 京都市 かえる・カエル・帰る・還る・替える・変える!何もできなくって恥ずかしいと思っていた。でも想うこと、伝えること、できることあるじゃん!音楽の力をかりて、何でもできたらいいな。 Tさん 32歳 京都府 すいません。私も必死で生きてます。 Hさん 37歳 愛知県 非常で、大変な状況におられながら、「ありがとう」と言えるそうまのみなさまが少しずつ光を感じられますように。 Kさん 38歳 兵庫県伊丹市 私もできることがぜったいにある!山口さんのうた、ことば、生き方を見て思いました!今日はライヴを見ることができませんが、又かならず来ます。また関西にきて下さい。ありがとうございます! … 続きを読む

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京都にて

4月17日 火曜日 晴れ ライヴを終え、ホテルに戻りました。午前3時前です。記す体力もギリギリ、果たしてオレは字が書けるのか。でも、記しておかねば、忘却の彼方に消えてしまうこともある。なので、支離滅裂もお許しを。 気分はハスッパです。ヤケになっているのではありません。そんな気分なのです。大まかに云って、入り口が閉まらないほどのオーディエンスが詰めかけた訳でもありません。拾得が壊れそうなほど、大きな歓声を受けた訳でもありません。ただ、僕にとってはとってもリアルな一日でした。 オーナーのテリーさんは僕が心から尊敬している人です。彼がいつもと変わらない体温で迎えてくれることで、僕は自分の旅がどのようなものであるのかを知ることが出来ます。彼は36年分のこのハコの響きを知り尽くしています。その日の天候とか、客の入りだとか、エトセトラ。ひとつひとつのPAの操作がどれだけ僕に力をくれたことか。幕間に流れる音楽が、どれだけ僕に力をくれたことか。テリーさんのジュニアに聞いた話だけれど、今日訪れるミュージシャンのために、彼は店で流す音楽を4時間かけて毎日考えるそうです。それがたとえ、家庭に不和を生み出したとしてもその態度を変えることがない。36年にも渡って。感涙。 今日の客席からのリアクションに特筆すべきものがなかったとしても、それぞれに受け取ってくれたのだと僕は思っています。それは未来へと繋がるものだと、僕は勝手に受け取っています。 演奏を終えて、前述のさゆりちゃんが友達も含めて、ミシュランで星を獲得したと云う店に連れていってくれました。正直に書きます。料理はほんとうに素晴らしかった。でも、僕はそこにもう一度行きたいとは思わない。僕にとって、何が足りなかったと問われるならば、ひとえに愛かな。僕はシェフのエゴを食べたいのではない。出来るならシェフの思いやり、言い換えるなら愛が食べたい。その意見の相違だけです。決して彼を愚弄しているのではありません。ひょっとして、僕が愛を受け取る能力がなかっただけかもしれないけれど。 僕らはその店でいろんな話をしました。ある人物は「仮面ライダーが現れて、この現実をショッカーを退治するみたいにどうにかしてくれるんじゃないか、と夢想する」と語り、ある人物は「80年代に私は原発に反対し続けてきたけれど、何も変わらなかった。だから、人間の自業自得だ」と語り、ある人物は「だから、いまだからこそ、そのうまく行かなかったことを後世に伝えて欲しい」と語り。僕はそれぞれの立場で語られた言葉を否定も肯定もできなかった。受け入れるしかなかった。極めてポジティヴに書くなら、逡巡する以外に方法はなかったってことです。 その上で、僕は言いたい。どんなにクソだと思う人間でも、まずは100%肯定してみて欲しい。でなければ、奇跡的にその人物の心の扉が開く可能性さえも、僕が閉ざしてしまうことになる。否定するのは簡単です。でも、旅から学んでいることはそういうことです。僕とあなたは絶望的に違うのです。だったら、まずは肯定する以外に方法はない。どんなに違っていたとしても。前述のシェフに対しての自分の態度を宿に帰ってきてから、反省するのです。本当にそれで良かったのか、と。あー、面倒くさい、と思います。でも、その面倒臭さの向こうに、何かがある気が僕はする。そんなことを学んだ、京都の夜でした。 京都のみんなが寄せてくれたメッセージ。書き写す体力がありません。申し訳ない。それよりも明日、広島に無事到着するのが僕の仕事です。なので、一日遅れることお詫びします。 本日も小倉から、サッドネス復活祭実行委員会名、という名目でライヴに於ける寄付金をプロジェクトに頂きました。それからメッセージ回収箱には¥12,100が入っていました。正直に書きます。それらの想いの集積が重くもあります。でも、そこを乗り越えて行く強さを自分たちに求められているのだと考えています。ほんとうに、ありがとう。

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sake cafe ハンナ、京都にて

4月16日 月曜日 曇り 京都に居ります。 我々の永年の友人、サポーターでもあり、きってのグルメ・クイーン(ぷっ)、サユリちゃんが一念発起して、京都は四条木屋町に店を出しました。店の名前は「sake cafe ハンナ」と申します。 何せ彼女、一体あんたの胃袋にどれだけの京都の美味いものが収まってきたん?と云うくらいのグルメっぷりでありまして、我々は京都を訪れる度、彼女の仕切りで散々美味いものを食い倒してきました。一見さんが入れない先斗町の扉を開いてくれたのも彼女です。僕が世界で最高の店だと思っている「十二段屋」を教えてくれたのも彼女。ここにはご飯と味噌汁と卵焼きとおばんざい一品しかメニューにないのだけれど、ザッツ日本人の食の素晴らしさの基本と全てがあるのです。 彼女は僕が一秒で決断することに、軽く二年くらいかかったりもします。まぁ、それは人の性質だからして仕方がないとして、日本酒好きが高じて、人生は一回きりだからと、「店を出す」決断をしてからが大変でした。僕と魚先生はツアー中に店の物件の下見につきあい、店の看板も僕と魚がどうにかすることになり、ようやく開店にたどり着いたものの、過剰なまでに人に気を遣い、おまけに信じ難いほどシャイな彼女の店がうまく行くのか、気が気ではありませんでした。先週、ようやく店を訪れましたが、景気づけにと大人数で行ったなら、すっかりパニくっている彼女を見て、宣伝するにも、もう一度お忍びで訪れてからにしようと思った次第です。 人は追い込まれて成長するもので、今日は京都ならではの「しっぽりとした」いい時間を過ごしました。町の人たちがそれぞれに日本酒を楽しんでいました。素晴らしい。開店祝いに花を贈るのもなぁ、と思ったので、この店に似合う音楽をプレゼントしました。自分のlifeを自分で獲得しようとする人が僕は好きです。そんな意味で、決してマニュアル化できないホスピタリティーを彼女は悪戦苦闘の末に身につけたのを見て、思わずほろりとしました。 「sake cafe ハンナ」。四条木屋町下ル船頭町203にあります。午後6時から12時まで。京都の方は是非。この町を訪れた方も、足を運んでみてください。「ヒロシのblogを見た」って方にはきっと何がしかのサーヴィスをしてくれるでしょう。 てな訳で、明日は京都が誇る拾得にてライヴです(先週も京都に居たなぁ、そう云えば)。気軽に来てください。あ、「初恋は?」みたいな質問はなしでね。

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明日のため靴を磨こう、静岡県静岡市にて

4月15日 日曜日 晴れ  やってきました。静岡のUHU(ウーフー)です。勝手に僕的「Land of music」です。多分15年前に種を撒いてくれた女性は3人の子もちになり。旦那さんの寛大なお許しのもと、ライヴに足を運んでくれ、さんざん相馬の話をした後「ヒロシと話そう」コーナーでは、「何か聞きたいことない?」と言う僕の問いに、「初恋は?」なる予想だにしない質問が。逃げるのも嫌だったので、プラベートをブチまけ、ライヴはあらぬ方向に脱線転覆。それでも、「明日のために靴を磨こう」をリクエストされ、これって、意外にいい曲じゃん、と自分を再発見する。毎日綱渡りだけれど、予定調和の日々より学ぶことはたくさんあります。ありがとう。静岡。生きてるって悪くない。 追伸 僕は寄付をお願いしたことなんて、一度もありません。それでもメッセージ回収箱には毎日、お金が入っているのです。今日は¥14,400。名を名乗らないそれらの気持ちのそれぞれの逡巡を深く受け止め、前へと進んでいきます。ほんとうにありがとう。 ————————————– Messages for Soma City 120415  静岡県静岡市 Nさん 53歳 静岡県静岡市 負げね。あぎらめね。かえるべ。 Hさん 35歳 静岡市清水区 静岡県にも原発があり、再稼働の事を考えると、不安が大きいです。身近な問題として、相馬の皆さんに心を寄せたい。 Yさん 41歳 静岡県静岡市 僕は相馬の事を良く知りません。でも遠い祖先や未来の子孫が相馬と交わることがあるかもしれない。だから、きっと今も繋がっているんだと思います。洋さんを通じて、その繋がりに気づきました。 Uさん 36歳 愛知県豊川市 がんばれ相馬!!共にがんばりましょう。 Kさん 42歳 東京都 今はまだ自分にはメッセージなんてなんて送ることはとてもできないけれど、いつか近い将来、正面向いて言えるよう、生きていこうと思います。 Kさん 34歳 静岡県 お金を出すくらいしかできません。 Fさん 30歳 静岡県静岡市 毎日、相馬の皆さんの事を想っています。一緒に生きていきましょう。 Nさん 35歳 静岡県静岡市 山口洋さんのライヴで、今の現状の話を聞きました。TVだとほとんど分からないことが多いですので、色々聞いて知りました。(ありきたりですいません)子どもたちが元気で暮らせるように、みんなでがんばります。 Sさん 38歳 静岡県富士市 僕たちは離れていても、空でつながっています。 Hさん 38歳 静岡県焼津市 一生懸命働いて、もっと応援できるようがんばります。 Tさん 41歳 静岡県駿河区 3.11と向き合ってきた人の歌と話をきいて、自分自身、3人の子の親として、そろそろきちんと向き合おうと思いました。子どもらが自由に外で遊びまわれますように! Kさん 43歳 兵庫県 笑顔がひとつでもふえますように。 Sさん 39歳 静岡県静岡市 まだ一年、もう一年、今も皆、一緒に時が流れてますよ!同じ空の下、陸の下、私も一日をがんばってますよ! Eさん 静岡県思っています。これからもずっと。 Tさん 40歳 静岡県 … 続きを読む

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横浜の愛、神奈川県横浜市にて

4月14日 土曜日 雨 そりゃね、僕は話すのが苦手な訳だから、音楽だけで伝えられるのなら、それに越したことはない。でも、それだけではどうにもならない時代に生きていると、僕は思う。どんなに伝えようと思っても、頭の中にあることの100分の1も伝えられないことがもどかしくて、しょうがないけれど、それも今後の課題として受け入れよう。決して流暢に話すことを目指してはいない。多分、一生できない。でも、しどろもどろになりながらでも、心の底から伝えたい、いや、問いかけたいと思う。 ライヴ中に勇気を持って、僕に話しかけてくれた人に感謝するよ。僕がどのように世界と繋がっているのか、あらためて確認することが出来て嬉しかったし、やってきたことが無駄ではなかったとあらためて教えられる。オーディエンスも客観的な立場で、世界と自身が繋がっていること(良い意味でもそうでない意味でも)を理解してくれたのでは、と思う。 話し終えると、糸の切れた凧のように、音楽の力が身体に充満してきて、ギターを弾いていると何とも云えないマグマみたいな力が自分から湧いてくる。正直に云って、自分でもアウト・オブ・コントロールなのです。それをうまく風景に転化していくのがプロだと思うが、予定調和にはしたくない。それが僕の「my life is my message」です。 横浜のサムズ・アップはこの国で数少ない、「大人が仕事を終わった後に食事をしながら、音楽を楽しめる場所」です。この場所の理念、オーナー、そしてスタッフが好きです。愛がある。と云うか、貫かれている。 今日も会場入りするや否や、オーナーのサフさんから想いを託されました。サムズ・アップでは出演するミュージシャンに声を掛け、ミュージシャン自身に制作費として5000円を払ってもらって、楽曲を提供、そして演奏、録音してもらいCDを創りました。今までの売り上げ全てを「MY LIFE IS MY MESSAGE」に託したい、と。ほんとうに嬉しいし、同時に身が引き締まります。たくさんの人の想いを受け取っている訳ですから。そして、僕らに託してくれる人々が異口同音に云うのは「最初は赤十字に送ってたけれど、実感がない」と。ここでも浮かび上がってくるのはリアリティー。人々はこの浄財がきちんと使われたという「実感」が欲しいのだと。僕らのプロジェクトを信頼してくれるのは歓びであると同時に、その背後にある何かを見つめることも大切か、と。 ともあれ。その浄財、¥179,334は確かにプロジェクトで受け取りました。心から感謝します。そして、募金してくれと、一言も云っていないにも関わらず、相馬へのメッセージを入れる箱には今日も¥23,690が入っていました。本当にありがとう。 福島県相馬市との関わりは、大まかに云って、チャプター3に入ったと実感しています。バカみたいに想いに突き動かされてきて、ここに来て、関わっている全員悩みまくっております。当たり前です。起きていることが、人類未知の領域な訳だから。でも、そこで目をそむけずに、違う意見を聞き、自分の意見を述べ、簡単ではないヴィジョンをあぶり出しのように描くことでしか、「いのちを何よりも大切にする社会」が実現しないことだけは、分かっています。今後とも、どうぞよろしゅうに。 ライヴを通じて、何かが響いてくれることを望んでいます。何処にも正解がない旅、これからも続けていきます。来てくれて、ほんとうにありがとう。受け取ってくれたかい? 明日は静岡だーーーっ。 —————————————————————————- Messages for Soma City 120414 神奈川県横浜市 Yさん 45歳 宮城県仙台市 相馬には友人がいます。おとなりの南相馬のとっておきの音楽祭に参加して歌ったこともあります。そんな相馬が大好きです。たちはだかる困難には負けたくない。共に生きていきましょう! Tさん 56歳 東京都 毎日の生活の中に心からの笑顔が戻る日を願っています。祈っています。 パスタをクルクルの女さん 50歳 横浜市 「愛の連鎖」のINGが職業(ワタクシ)であるヒロシさんにより私自身にも伝わっている事を心より感謝 ありがとう。 Sさん 47歳 神奈川県相模原市 いつも、皆さんのことを想い、生活していきいますから、がんばってくださいね!応援しています。いつも心に笑顔を…。 Oさん 千葉県 それでもこの世界は美しい。みんな一緒に今この時を笑い泣き歌いながら生きていこう。 Aさん 東京都 日々の生活の中に音楽があると、心が豊かな気持ちになります。そうまと私のつながりが、ここでつながってうれしいです。小さなことでも自分ができることは、やっていきたいと思います。 Yさん 38歳 東京都中野区 相馬の皆さんの置かれている状況、気持ちを想像し、心を寄り添い続けていきたいと思います。福島のカワイイなまり(←特に語尾)と人々の暖かさ、大好きです。 Hさん 46歳 神奈川県藤沢市 日本ならどこでも起こりうる。誰にでも起こりうる。心から応援しています。がんばって下さい。 … 続きを読む

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同級生

4月13日 金曜日 雨   かれこれ30年くらい前の話になるのか。僕が16歳のときHWを作って、実際に福岡の街で定期的に演奏するようになったのは、その2年後くらいからだ。群れるのが嫌いだったから、僕らは一匹狼だったけれど、互いにしのぎを削りながら、一緒にシーンを作っているバンドも居た。今から書く奴らは、僕と同じ年だったのもあって、一緒にバカもやったし、奴らには負けられんと、互いの存在に刺激されてもいた。  ステージに立っているだけで、存在感が半端なかった彼らがどうして音楽を辞めてしまったのか、僕は知らない。でも、再会は意外な形でやってきた。  8年前のこと。僕の母親が死線を彷徨っていた。僕は僕で、ツアーとレコーディングと看病と云う3点セットに疲れ果てていた。月に10回福岡に帰ることもあったから、今思い返すと我ながら、良くやったと思う。僕と違って、洒落者だった母親は、葬式にまで無意味にこだわった。来てくれた人には何とかっちゅーブランドのカップ&ソーサーで何とかという(完全に忘れた)紅茶を出し、添えるクッキーはこれにしてね(誰が葬式でそんなもの喰うかい)。驚いたことに死に装束のドレスまであつらえてあって、私が履く靴はこれ、化粧はこの人にしてもらって、菊の花は耐えられないから、オールドイングリッシュローズで私を埋め尽くしてちょうだい。あ、それからあなたが選んでアイルランドの音楽を流してね。決して「葬式」みたいにしないで。お坊さんは絶対に呼ばないで(つーか、うちは浄土真宗じゃん。仕方がないので、僕はお寺に謝りに行った)、エトセトラ、エトセトラ。まぁ、とにかく、こいつ絞め殺したろうか、みたいなリクエストのオンパレード。でもまぁ、最後の親孝行だと思い、友人たちの多大な助けを借りながら、全てを遂行してやることにした。  ところで、僕の職業はライヴに穴を空けることなんてできない。例え親が死のうとも。したがって、ツアー中に死なれたら、喪主である僕はえらいことになる。仕方がないので、母親がまだかろうじて生きているのに、僕は葬儀屋に連絡せざるを得なかった。葬儀屋が僕の事情を理解してくれたところに、一本の電話がかかってきた。なんと前述のバンドのベーシスト、ヨシトはプロフェッショナルな葬儀屋になっていた。「名簿を観てさぁ、これってヒロシじゃんって気がついたら、居ても立っても居られなくてさぁ」。そこからはヨシトの仕切りの元、母親の我がままをすべて聞いてくれることになった。彼は僕のツアー中に不測の事態になることに備え、冷蔵庫を手配した(もちろん人間が入るやつです)。一度でいいから家に帰ると云ってきかなかった母親を、死んだあとヨシトと僕で(かなり硬直してた)、マンションに運び入れ(殆ど漫画みたいだった)、腹水がたまって自慢のドレスが着れなくなった母親に(どうやって着せたのか、僕は未だに分からないのだが)ドレスを着させてくれ、無宗教の謎の空間を作り、彼女の我がままはすべて遂行された。何つーか、その。これは深刻な話ではなく、笑って欲しいのだが、僕は友達ってものに、あれほど感謝したことはない。  最近、彼らが師と仰ぐ人物が亡くなった。胸に期するものがあったのだろう。長いブランクを経て、再びステージに立つことを決めた。奴らのことだから、中途半端な気持ちでやるはずがない。このトシになって再び本気でステージに立つことがどれだけの覚悟がいることなのか、僕には分かる。その決断は僕を励ましたし、ほんとうに嬉しかった。僕らが続けていることに、ずっと力をもらってきた。ヴォーカルの彼は僕にそう語った。  今年の3.11。彼らは僕の故郷で大きなステージに立った。そして、物販の売り上げと寄付金全てをMY LIFE IS MY MESSAGEに送金してくれた。何というか、久しぶりに九州魂に触れたというか、涙ちょちょぎれたぜ。大場、ケンジ、ヨシト。ほんとうに、ありがとう。今度帰ったら、30年振りに飲もうや。 ———————————————————- さ、明日からプロジェクトのソロツアーに復帰です。明日は横浜、明後日は静岡。気軽に来てね。

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本能

4月12日 木曜日 晴れ     人にはそもそも「本能」という素晴らしい才能が与えられている。現代の便利な生活はその才能をスポイルしてしまうから、危険を察知できない人間にならないように気をつける。  どのようなやり方にしろ、自分の心が語るほんとうの声は聞くことができる。そこからモノを観ようとすれば、見えないものが見えてくる。そこから何かを伝えようとするなら、大切なのは言葉ではない。意味のない経験は人には与えられず、どうにか難局を乗り切ったとき、それは自分が成長するために与えられた必然で、大切なことは愛でしかないことを理解する。そんな日々。

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即戦力天才女性フィドラー現る、リハーサルday#3

4月11日 水曜日 雨 本日はヴァイオリンの岡村美央さんがスタジオに来てくれました。実は初対面ではない(らしい)のですが、まったく覚えていないオレ。まったく人間として、どうなのよ? 実のところ、即戦力女性フィドラーを探し続けて、17年。やっと出会えたHONZIが天に召されて、半分諦めてました。岡村さんの演奏は素晴らしかった。魚さんのアコーディオンとのユニゾンがスタジオに響くと、倍音に倍音が重なって、良い意味で血圧が上がります。HWのライヴにも来てくんないかなぁ。その前に人として、顔と名前ぐらい覚えとけって話ですね。すいません。 このような出会いをもたらしてくれたARABAKIや、陰でフィクサーのように走り回ってくれた人たちに感謝しています。ちょっと前の僕ならば、たくさんのゲストを迎えて演奏するってことは「いろいろ気を遣うし、面倒くさくてやってらんねー」なんて台詞を簡単に吐いていたと思います。こうやってリハーサルを重ねてみて。僕らの「本業」で東北に何かを伝えることができる訳で、何よりも東北のおかげで新しい出会いを作ってもらっている。そしてプロジェクトの難儀な道を歩いてこなければ、このオファーも面倒がって受けなかっただろうし、すべての事は有機的に繋がっているのだと、今更ながらに教えられるのです。 ———————————————————— 週末から、また旅に出ます。横浜、静岡、京都、広島、松江、岡山を廻ります。気軽に来てください。   おまけ。 このところ、共演者にコード譜を書きまくっています。まったく向いてねー、オレ。日本中、旅していると「満月の夕」のコードを教えてくれとしょっちゅう云われるので、お裾分けです。ライヴ用なので、イントロはレコーディングしたものと違うけど、あとは一緒です。(このコード譜で云うところのENDINGと同じ) Enjoy yourself!

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ダンエレクトロ祭り、リハーサルday#2

4月10日 火曜日 晴れ いやはや。決して外交的ではない僕らにとって、たくさんのゲストをお迎えして、音楽をやるってのはハードルが高くもあるのですが、その分だけ音楽にintoするので、日々のいろんな事をスタジオに居る間だけは忘れ、ミュージシャンに戻ることができます。とてもpreciousな時間です。ありがたいし、尊いし、愛おしいし、素晴らしい。一年前まで当たり前だと思ってたけど。 本日は、堂島孝平くん、矢井田瞳さん、fesの親分が来てくれました。何だか無性に楽しかったなぁ。ありがとう。    

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