怪我の巧名、過酷な局面、そして一年

4月8日 水曜日 雨

京都から病院に直行。酷使した手のケアと、ライヴをちゃんとやれたことの感謝を伝えに。「怪我の巧名」とはよく云ったもので、できないことを補うために、新しい引き出しが自然に作られる。どのような弾き方をしているのか自分でも興味があったので、映像でチェックしたら、かつて見た事のない奏法を既に発明していた。びっくり。

リハビリはスーパー過酷な局面に入った。伸びしろは時間とともに減ってくる。元に戻るという発想は元から僕にはなくて、どうせやるなら、新しい可能性にたどり着きたい。だから、諦めないけど、伸びないし、痛いし。笑。ドクターにも、ここからは痛みに耐えるしかない、と云われ。ならば毎日痛みを味わい尽くすことにした。痛みには種類があってね。ヤバイものとヤバくないもの、そしてピリピリしたもの、エトセトラ。ヤバいものを味わうことなしに、反対側に抜けることはできない。悶絶の向こうに、明日があるんだね。

療法士さんが全力で負荷をかけてくれてるとき「うーん、目が覚める痛みだなぁ」とか、どうにかしてベクトルを変換する。笑。思わず声が出たら、アドリブで節を考える、とか。悶絶にも種類があるのよ。いてーーーーーーーーーーーーーっ。

ぜんぜん話は変わるけど。

太陽の塔はこの45年の間に、我々が何を得て、何を失い、何をたいせつにしなければならないのか。それを教えてくれたよ。他人を裁くより自分を裁く方がずっと難しい。僕はそれができる人間で居たいす。あと、桁外れの情熱ね。

ドクターや療法士さんと気が合うなぁ、と。たぶんランナーなんだね。それも割と本気の。

ドクターや療法士さんと気が合うなぁ、と。たぶんランナーなんだね。それも割と本気の。

 

アイルランドのお母さんが召されて一年。実の母親をちゃんと紹介しといて良かった。今頃、素晴らしい息子について語り合ってるに違いない。笑。

ほんとうの母親とロックンローラー。51年前。

ほんとうの母親と後の誰か。51年前。

二人目の母。ほんとうに優しい人です。

二人目の母。ほんとうに優しい人。いつもこころの中に。

 

 

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怪我の巧名、過酷な局面、そして一年 への2件のコメント

  1. あや より:

    かわいいです後の誰か。

  2. makiko より:

    赤ちゃん可愛い。女の子みたい。

    そしてお母様はおふたりともすごい存在感がある。

    そういえば一昨年、太陽の塔を見た時に感じた存在感も凄かった。
    子供の頃は何も感じなかったけど、もう圧倒されっぱなしだった。
    また見に行きたい。

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