中原英司に関するお願い

11月26日 日曜日 晴れ

知っている人も少なくなりましたが、僕が歌うことになる前、HEATWAVEにはヴォーカリストがいました。中原英司です。奴は違う高校に通う同級生で、記憶が正しければ1982〜84年くらいまで在籍していたと思います。彼が詩を書き、歌い、僕は曲を書き、ギターを弾く。格好良くいえば、ミックとキースみたいな(褒めすぎか)関係でした。奴が突然ライヴの前の日に脱退したことがきっかけで、僕が歌うようになったのです。

中原英司、山口洋、ともに18歳。1982年。

HEATWAVE1982。大島正嗣、中原英司、渡辺哲也、山口洋、増永尚喜。

ツアー先の広島で。おそらく1983年。中原英司、山口洋、大島正嗣、藤原慶彦。

 

バンドを辞めてから、しばらく音信が途絶えていましたが、九州でも名うてのバーテンダーとしてバーを経営していることを知り、飲みに行くようになりました。静かでとても雰囲気のいい店で、氷の削り方を見ただけで、奴がどんな人生を歩んできたのかすぐにわかりました。メニューに一切金額が記されていない、ある意味客に覚悟が必要なバー。でも、居心地がよくて、福岡に帰ると必ず立ち寄るようになりました。

渡辺圭一が50歳を迎えたとき、僕を除く昔のHEATWAVEのメンバーで奴は久しぶりにステージに立ち、歌ったそうです。それを照れくさそうに話してくれた奴の顔をはっきりと覚えています。

去年の5月。奴は不慮の事故で大怪我を負いました。脳が受けたダメージは深刻で、最初に見舞いに行ったときは、絶望的な気持ちになりました。意識があるのかないのかもわからない、自ら動くこともできない。いわば植物状態。あれだけスタイリッシュだった奴が、この状態で生きていることをどう思っているのだろう?でも、僕らにはそれを確かめる術さえなかったのです。

でも、奴はしぶとかった。自分の力で食事さえできないのに、ゆるやかに、けれど確かに回復し始めたのです。何度目かの見舞いのとき、奴は僕のことを知覚していると確信しました。涙も流すし、言葉に反応も示すのです。そして瞳の中には少年が棲んでいました。

ベッドから動くことができない奴にとって、今いちばん必要なことは刺激です。もう一年半寝たままなのです。奴を知っている人は是非会いに行ってやって欲しいのです。これまで公表を控えていましたが、ご家族の了承のもと、お伝えすることにしました。

奴は福岡某所の病院にいます。面会を希望される方は以下のアドレスまでメールをください。その際、中原英司との関係をお伝えください。過去に奴と関わりがあったと認められる方に病院の場所をお伝えします。一方的に彼を知っていて、是非お見舞いに伺いたい、などの理由でメールを送ることはお控えください。病院に迷惑をかけることは避けなければなりません。またボランティアスタッフよりメールが返信されますので、返信が遅くなることがあります。メールが多数の場合は返信を制限させてもらうこともあります。どうぞご了承ください。

nakaharaeiji1964@gmail.com

奴はまだ自分の力で食事ができませんので、お見舞いなどは不要です。その代わりと言っては何ですが、近日中に病室にフォトフレームを用意しておきます。SDカードで奴が元気になるような写真をお持ちいただければと思います。また病室にノートを用意しておきますので、奴とお見舞いに来られる方にメッセージを残していただければと思います。

「もう一度、お前とステージに立とう」。耳元で奴に伝えたとき、奴は涙を流しました。是非、今の中原英司に会いに行ってやってください。

よろしくお願いします。

友人代表 山口洋

奴の店で。2014年。

 

 

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中原英司に関するお願い への12件のコメント

  1. 萩原晋也 より:

    胸が痛くなりました。
    奇跡が起こることを
    切にお祈り申し上げます。

  2. 永野誠 より:

    待っております。

  3. エイジ より:

    何もできませんが、
    ご回復をお祈りさせていただきます。

  4. ヤス より:

    私が山口洋さんを初めて生で見たとき
    HEATWAVEを教えてくれた友人が1週間位前に
    トラックに巻き込まれ集中治療室にいたときでした。

    ライブ後に経緯をお話しして
    友人宛のメッセージを書き込んでもらった
    CDとTシャツを頂いた私に
    「友達が諦めるな!彼はまだ生きている!」と
    洋さんに言ってもらったことがありました。

    その友人は数週間後、意識を取り戻り
    故郷へ帰っていきました。
    遠方でもう逢う事がなくなりましたが
    今でも大好きな友人です。

    あのときのことを思い出しました。

    中原様の復活、心から祈念申し上げます。

  5. Satoko より:

    お店でのおふたりの写真、とても素敵ですね。
    それぞれの年月。My life is my message.
    たくさんの想いが届き、願いが叶いますように。

  6. 青空 より:

    まさに「何ができるだろう、友達として」なのですね。
    ブログを読ませてもらって
    今、読んでいるフランクルの本の中での言葉
    「生きるとは、問われていること」を
    痛切に実感させられました。
    夜明けの訪れを切に願っています。

  7. KUMIKO より:

    昨夜、瞳の中の少年を聴いていました。
    生きているあいだが夢なんだ。
    意味を探さなくていい・・・
    言葉になりませんが
    ご回復を心からお祈り致します。
    CARPE DIEM

  8. kuma より:

    友達としてできる事。。

  9. かなた より:

    こんばんわ。
    私は職業柄、山口さんのお友達と同じような状態の方、もしくは軽度、重度の方々と密接に関わっている毎日です。彼らの中に閉じ込められている世界はどんな景色なのだろうと、日々思います。それは表出されにくく、こちらも読み取りにくいかもしれない。そして思っているほどきれいでもないかもしれない。けれど彼らの中にその世界が在ることだけはわかります。わかった上で、どう動くのか。自分に自分が選択を迫るので、息苦しい思いをすることもあります。
    「老人が亡くなるということは、図書館が一つ消えるということだ」というような言葉をどこかで聞いた覚えがあって、彼らと接していると思い出してしまいます。どんな物語が収められているのか、知りたいなあと思うことがあります。そして結局自分にできることなどないんだろうと思ったり。誰かのためと思いながら、矛先は自分に向いているんじゃないかと、思ったりもします。
    ブログを読んで、つまらない愚痴が出てしまった気がします。すみません。

  10. YUKI より:

    一年前のことになりますが私の友だちは、風邪をこじらせたことが原因で心臓が止まってしまい、なんとか一命は取り留めものの、脳が広範囲にダメージを受けてしまい、今も寝たきりの生活を送っています。
    先日面会に行ったら、予想していたよりかなりひどい状態で関節の拘縮も進んでいてとてもショックでした。
    話しかけると確かに反応しているし、こちらの言っていることは分かっているように思いました。家族の大変さを思うと何とも言えない気持ちにさせられました。
    「何ができるだろう友だちとして」 ほとんど何もしてあげられない自分が歯痒いです。

  11. ぴーす より:

    見えないもの 信じてゆく

    注がれた雫は 永遠さ i believe

    ぬくもりは てのひらに

    君はとてもプレシャス

    この世は生きることに 値する宇宙 そして光さ

    明日もいい日になりますように。

  12. 児玉 哲 より:

    英司の大学時代の友人です。1年前見舞いに行ったとき、確かに反応してくれました。時間はかかるだろうけど、またあいつのカクテルを飲めることを信じています。偶然このサイトを見つけました。ありがとう。広島ツアーの写真懐かしかったです。

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