ロイヤルとツンドラ

11月30日 金曜日 晴れ

みんな知ってるロイヤルホストは福岡の会社。始まりはファミリーレストランではなかった。

新天町って福岡市天神にある商店街に少し高級な感じでお店があった。螺旋階段あったなぁ。「今日はロイヤルに行くから、ちゃんとした格好しなさい」って親に言われてね。だって、店の名前「ロイヤル」だよ。笑。

そこに行くのがほんとうに楽しみだった。子供にはランチョンマットをプレゼントしてくれたりして。数少なかった「ハレ」の日の思い出はロイヤルとともにある。だから、今でも空港でご飯を食べる時はできるだけロイヤルに行く。感謝をこめて。あいかわらず垢抜けないところと、ちょっとだけ値段が高めなところが好き。ミュージシャンにもファン多いよ。うちの魚ちゃんもジャズの菊池さんも。

もうひとつ。ツンドラってロシア料理屋さんがある。僕が生まれる前からある店。ツンドラはロイヤルよりもさらに「ハレ」の日に連れてってもらえるんだ。

カップに入ったシチューの上にパンがのっかってる食べもの(名前失念)、ロシア式揚げ肉まんみたいなピロシキ、それからボルシチ。母親にねだって、よくピロシキ作ってもらったっけ?今でもツンドラの前を通るだけで鼻の奥がつーんとする。

それをわざわざテイクアウトして福岡から持ってきてくれた人がいてさ。号泣だよ。美味しかったよ。あれだけ変わってしまった福岡の町で変わることなく、58年だよ。

泣きながら食べたよ。僕は貫いてる人が好き。フレディーだって、あれだけ貫いて生きたから、今こうやって若者にも支持されてるんだと思う。

人は生きてたら、必ず真理に突き当たる。なぜ生まれたのか、なぜ生きているのか?目をつぶったり、ごまかしたり。知らないフリをしたり。オリンピックや万博誘致したり、、、。

ほんとうにそれでいいのかな?58年変わらないその味をいただきながら、こころが震えたよ。

ほんとうのことを口にしようよ。僕はそうする。ほんとうになにかを本気で愛そうよ。

包装紙見て泣いてもうた。

おかんに作ってもらったピロシキ。なぜかロシア料理が母の味です。

左にあるのがシチューの上にパンがのっかてんの。右がボルシチ。これ福岡からテイクアウトして空輸してくれたんだよ。感激だよ。

 

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ロイヤルとツンドラ への5件のコメント

  1. よーこ より:

    ひろしさんのことを想ってくれる人が沢山居てくれて
    幸せですね〜^_−☆空輸してまで送ってくれるなんて。
    愛!ですね〜。新天町のロイヤル、私も好きでした!

  2. かつらぎ より:

    母の愛、だねー。

  3. スズキコウイチ より:

    何のために生まれ、生きてるのか
    自我に凝り固まっていたときには気づかなかったけど、やっと分かりました。
    誰かの役に立つため。誰かを幸せにするため。自分にとって大切な人を徹底的に幸せにするため。それ以外に生きる意味が見出せないすっ。
    愛しても、信じても坂を越えてしまえば空しさを転げ落ちてしまうとしても、それに賭ける価値があると思うのです。抗えぬ運命に抗うのがロックですよね!

  4. 山田だんだだん より:

    オリンピック招致が決まった時にテレビに映し出された某選手のガッツポーズ。
    あれほど他人のガッツポーズが鬱陶しいと思ったことも無い。
    今回の万博決定の瞬間もそう。
    何が嬉しいんだ、この人たちは?って感じで。
    それで儲ける人達、おこぼれにあずかる人達が少なからずいるってことなんだろうけど。
    バブルから30年、結局何も学ばず、また同じ道を進むのだろうか?
    その先にあるのは、前回よりもっともっとひどい破綻ではないのだろうか。
    (奇しくも2025年は1945年から80年目。あの敗戦のように、いやあれ以上に酷いことになるのではないか。)
    人手不足だから外国人を入れる?AIで失業者が増えるという予測があるのに?
    もう、目先の、大企業の利益しか考えていないのがよくわかる。
    KVウォルフレンが「人間を幸福にしない日本というシステム」という本を出したのは1994年だったか。あれからこの国は何も変わっていないのだ。
    水道法改正、種子法廃止・・・訳のわからん法律がどんどん成立していく。
    でもそんなことを深く考えるヒマもなく、毎日を生きなくてはならない。
    「絶え間なく突き動かされて、誰もがこの時代に走らされた」
    今またそういう時代になりつつあるのだろうか。

  5. ジンジン より:

    またもや朝からもらい泣き。ハレの日のロイヤル、我が家もそうでした。

    あるんですよね、こういうこと。“映画”と“カツ丼”と“親父”…みたいな。何気なく入った食堂でカツ丼を食べているうちに思い出すんですよね、味に触発されて。何故か一緒に観た映画(決まって3本立て)、言葉少なの父親、当時の複雑な心境が次第に思いだされ、一人むせび泣きしているという…。これって決して不幸せではなく、幸せの瞬間です。そりゃ、泣きますわ。

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