7月3日 木曜日 晴れ
父親が死んだのは僕が18の時だったし、入院していたり、単身赴任していたり。一緒に過ごした時間はとても短いものでした。でも、時間がその関係性の深さを示すものではなくて、彼がいなくなってからも、彼とはこころの中でコンタクトを取れるし、彼の年齢を僕が大きく上回るに至って、なんだか自分の方が兄貴的な存在になっていて、不思議な感じです。
今となっては誰も信じないけれど、僕は身体が弱かったので、6歳になったときにグローブとボールを買ってきて、庭にマウンドを作り、ホームベースを埋め込み、そこからは星一徹。キャッチボールはわたすの方が球が速くなる日まで続きました。男たるもの内角低めで全力直球勝負。思い返すと、あれは「会話」だったんだな。言葉は不要。一緒に酒は飲めなかったけれど、今となっては一番の財産だったのか、と。彼の球筋とか、受けた左手の感触とか、今でも身体が覚えているものです。
勉強しろ!と言われたことは一度もなく。「お前はバカだから勉強しなくていい。好きなことを思いきりやれ。そのかわり責任は自分で取れ」。なにをやっても勝てなかったけれど、ギターだけは圧倒的にわたすの方が才能が上回り、親友にギターを習った翌日に家にある親父のギターをジャカジャカ弾いていたら「お前、いつ始めたんだ?」、「昨日だよ!」。「嘘つけ、上手すぎる」って。笑。
なんで、父親の話を書いているかというと。相対性理論の記述をネットで見たからです。
生きてる間ほとんど酔ってたロクでもない人(その飲みたくなる気持ちはわたすにも十分理解できた)だったけれど、稀に気分がいい日にはなにかを教えてくれることもありました。10歳のとき、なにを思ったか、彼はオレに相対性理論、E=mc²について語り出した。たぶん6時間くらいかけて、丁寧に教えてくれた。物質はエネルギーのひとつの形であること、質量(m)に光の速度の二乗(c²)をかけるとエネルギー(E)になること。
それがね、10歳のオレにもわかったのですよ。宇宙の起源から今に至るまで。とんでもない真理を知ってしまったと大興奮。眠れないまま、その夜は反芻して、翌日学校に行ってともだちに話そうと思ったら、まるで伝えられない。
一瞬、わかった「はず」なのに、翌日は見事に抜け落ちてた。ははは。
50年後に、もう一度理解しようとしたけど、あの日「わかったはずのこと」はやっぱりわからない。笑。これが「お前はバカだから」の意味か。
でも彼は近未来が予測できる人でした。それができるからニンゲンに絶望してしまう。それを見ていて、わたすも幼い頃は過度に繊細だったので、これじゃいかんと、フィジカルに変身しようと思った。ロックンロールにはタフな肉体が必要。「腰で考える」ことを目指した。それが良かった。徹底的な体験主義。机上のことはあまり信用していないのです。
相対性理論はわからないけれど、「宇宙の法則」も今ならわかる。体験として。そういう話をしてみたかったなぁ、と思います。学問 VS 体験。まぁ、机上で学んだことを追体験するってのが最強だとは思うけれど。
なにが描きたかったかって。
みんなもたいせつな人やモノや動物を失くしてきたと思うけれど、たいせつなものは「なにひとつ」なくならないってことです。あなたのこころの中にある限り、それは不滅です。空に宇宙ある限り、僕は彼と会話が可能です。
洋しゃん、今日も素敵な日記をありがとう。たいせつなものは「なにひとつ」なくならない、ですね。もうすぐ61歳になる私は、歳を重ねるごとに涙腺が弱くなっています。今朝も、洋しゃんの、この言葉で危うかったです。そして、この言葉に朝から、大きなパワーをいただきました。本当にありがとうございます。
追伸:横浜も良かったけど、磔磔は更にバージョンアップしていて最高でした。ニューアルバム製作は大変でしょうが、待っとるばい。よろすくです。
あれから何年の時が過ぎたのだろう。
洋さんのライブ中に義父の訃報が入ったのは。
僕なりの追悼だった
間違って投稿してしまったので追記。
あの夜も洋さんは「たいせつなものはなくならない」事を教えてくれた。
今年も義父の命月に洋さんと水戸で会える事が義父の供養です。
水戸で待ってます!