7月30日 水曜日 晴れ
思い返せば、物心がついた頃から、世界に対してずっと「違和感」を感じてきた。それはどうしようもないレベルのもので、60の齢を超えても増えるばかりで減ることはなかった。「違和感」はいつだって「生きづらさ」と直結していた。
とくにバブルの頃はほんとに発狂寸前まで追い込まれた。
1996年に「Tokyo City Man」の中に「ここに君の居場所なんかない」と書いたけれど、否定形で書いてポジティヴに響く離れ業(笑)に到達する以外に生きる場所はなかった。最近この曲のリクエストが多くて、たまに歌ってみるんだけど、妙に熱くなる自分がいる。要するになにも変わってないってことなんだと思う。
ひとつだけ変わったことがあるとするなら。
その「違和感」こそが自分をここまで生かしてくれた燃料だったのかもしれん、と感謝することか。
今月、六か所と福島を自分の目で再確認して、ニンゲンに深い絶望感を覚えた。数日、誰にも会いたくなかった。どうかしてる、とか、狂ってる、を通り越して、喉元を過ぎるとなにもかも忘れてしまって、また同じことを繰り返し、いよいよ取り返しがつかなくなったなら、怯えて泣きじゃくるだけの、目の前のことと、自分のことしか考えないクズみたいな動物なんだ、と深く知覚した。
フジロックでTOSHI-LOWがこう言い放ったんだと。「社会を問え、政治を問え、福島を問え、広島を問え、ガザを問え、何よりも自分自身を深く問え」。
その通りだよ。この言葉、全員が自覚したら、世界は変わるかもな。
絶望したから諦めるのか?いいや、そんなことはない。生きてる限り、問い続けるだけ。答えなんか風の中にはないことも知ってるけど。
このテレキャスターは固有の響きがする。つまりはそういう生き方をしてきたってこと。この人は調和の難しさと、その意味深さを知っている。表現者がやるべきことって、たとえばこういうことだよ。数じゃないんだ、オレにとっては。
この日記で、山口さんに教えてもらった写真展「ヒロシマ1945」に行ってきました。これまで、何度も目にし、聴き、読んで、知っていたつもりでしたが、被爆直後の写真と映像を目にして、いかに自分の認識が弱かったかと思いました。繰り返し、刻まなければと。
20年ほど前、広島での山口さんのライブに行った時、原爆ドームや平和記念資料館を訪ねました。その後、元安川の川沿いで「棘」を何度も聴いたことも思い出しました。昨日も写真を見た後、「棘」を聴いて、写真から感じたことを反芻していました。
写真展のこと、教えていただき、ありがとうございました。
風とロックって雑誌があったし。風ってやたらロックの歌詞に出て来る。それはやっぱりディランの風に吹かれての影響も大やろ。
んな中、山口さんは↑の通り『答えは風の中に無い』と歌った。
目から鱗とはこの事。答えは風の中に無い。でも答えは歌の中に有ったりする。ここ大事。本当に風に吹かれてるとふっと色々考え答えを貰った気もする。そしてちょい世界が変わった気持ちにもなる。
僕はミスチルも大好きだ!桜井君はヒートウェイヴの大ファンだ!
彼の詩にも山口さんの影響も有るって勝手に思ってる。
ふふふラッキーな事に当然ミスチルVSヒートウェイヴの対バンも観に行ったのは言うまでも無い!
追記。
後、男って奴は風に吹かれるのが好きだ!
何故かヒーローになった気がするからだ!
違う?俺だけ?
ハートロッカーさん、2015.11.09だったかな?福岡。あの夜、あの場所に、僕もいました(^-^)そして2025.08.21&22は渋谷に^_^
晩夏光先の割れたる父の爪
5月の高知、スプーンでのTOKYOcityman、、、。ままた、胸が熱くなりました。本当にありがとうございました!
おぉ!カジさん圧倒的アウェイだったけど!さすがいつもヒートウェイヴでしたね。
わたしゃ2階で着席して見た口です。
ひひひ♪そしてわたくしも21.22に参戦するのは言うまでも無ひ。
楽しもうぞよ!