5月31日 金曜日 雨
「アッシャー家の崩壊」。エドガー・アラン・ポーの傑作。どうして知ったかって、アラン・パーソンズが僕が中学生のときにポーのコンセプト・アルバムを出したんです。まず、タイトルで持っていかれた。刹那で醜くて、美しい、と。
明日、土曜日。福岡に行くのです。荷物が多いから、公共交通機関に乗るのは厳しい。でも、空港の駐車場はこういうとき、とっても厳しい。もちろん、オフィシャルな駐車場は予約満杯、プライベートなものも満杯。旅慣れてるから裏技も知ってるんだけど、ことごとく満杯。
もうね、ファンクションしていない。ハブとして失格。そして、人々はいったいどこに遊びに行くんだか。苦笑。
止むを得ない。じゃ、バスにするか。渋滞すると飛行機に乗り遅れる可能性はゼロではないけど、とりあえず乗ってしまえば、移動はしなくて済む。オレが住んでる町から2つの会社が運行してる。
調べる。そこに書かれていた文字に唖然!運転手不足のため、廃止!!!
「アッシャー家の崩壊」。もうこの国は崩壊し始めてるなぁ、と。気になったから調べたなら、例の2024年問題なわけです。つまりは国がこういう職種の人たちを手厚く保護してこなかった。介護職もしかり。働き方改革によって、欠かしてはならないものが崩壊していく。一方。明日、空港に行けば平和な顔をした人々と外国人でごった返してる。
なんだかなぁ。
たいせつなものは何だ?
でもまぁ。
ちょいと時間をかけて、アイリッシュのプレイリストを作りました。コンテンポラリー編です。楽しんでください。たいせつなところなんで、トラッドは時間かけて作ります。あまりディープにならないよう、みんなの入り口になればと思っています。一部、正確にはアイリッシュじゃないものも入ってますが、それはこの文脈で伝えた方がいいからなので、ツッコミなきよう。笑。
ついしん (コメントへの返信)
ゴーヤね。
今年もゴーヤを育てたくて苗を買いに行ったんすよ。でも、夏はひとつき家を空けることになりそうなんで、枯らしてしまうのがかわいそうでやめたんです。せっかく実ったとしても収穫できないじゃないすか?そういうこと、いちいち説明しなきゃですか?
それから、AIなんて素晴らしいと思ってるわけないじゃん。ちゃんと読んでね!ただ、どーにもならないからには平和的に利用すべきだっていってるんすよ。
モラルを持って書き込んでくれると嬉しいです。度を越してると判断した場合はこちらで対処します。どうしてって、ここは可能な限り自由な場であってほしいからです。自由って、何でも書いていいってこととは違います。
みんな大人だよな?ヨロシク。
ゴーヤ・・・すっかり忘れてましたが、去年の夏のゴーヤ愛に溢れる山口さんの行動に、感心したり感動したり呆れかえったりして、大変面白かったことを思い出しました。ブログの読者である山口さんを愛するファンとしては、そういえばあのゴーヤ君はどうなったんだ~知りたーいって気持ちはごくごく自然(なんでもすぐに忘れてしまう自分がなさけないんですが~)なので、いちいちの説明していただきまして、本当に良かったです。ゴーヤ君、私は忘れていたけれど、山口さんからは見捨てられてたわけではなく十分愛され続けていてほんと羨ましいです、そして大変嬉しいです。
一昨日は血を分けたごきょうだいたちの成長ぶりが見られて、感慨深かったです(涙)
ウチのコは、葉っぱの新芽と思っていたものが、ら、ランナーでした(号涙)も、もう出てくる!?ずっと先だとおもてた。。
先っぽには、うん、オリヅルの赤ちゃんみたいのが付いてます!
いやはや、たのすみたのすみ☆
日に当てていても、たまに葉っぱが柔らかめになって、葉が折れたりして、ど、どーしたっ!と焦りますが、水やったり日に当てたりすると、翌日にはまたピンと戻ったりするから、一喜一憂することないですな。
植物の良いところは、「生命力」や「成長」を感じられることですね。
コドモのように可愛いだけでなく、目に見えてそういうことが感じられて、何かチカラを受けますね。
歳取ると植物や庭いじりにハマるのも、そんな理由からなのかなと、身をもって感じつつありやす。
貴重な機会をありがとうございます、お父ちゃん!
aiに全てこちらの責任かのように促されても仕方なくYesしか選べない、なんてことも増えました。
そんな雑な対処に支配される人生は味気なく手応えもなく嫌ですが、たまたま出会った新しい音楽アプリでちょっとタップしてみたら痒かったところが治ってるコード判別なんかがあっという間にされて…技術革新とはこういうことなのかと。衝撃はあれど、素直な感動もやはりありますよね。
新しい風は味方にも敵にもなり得るし、一歩先は思ってたようにいかないなんてこともザラです。それが当たり前というか、その前提でどうあるかこそが、その人となりなんだと思います。
実ることもあれば、実らない季節もある。友の生きてる社会や家庭だって、夫だって、子どもの世界だって、同じだと思います。
最近、人との距離感について考えさせられます。
相手がダメっぽいとき、しょうがないなーもーってちょっと待っててあげられる人がいます。20年前からの私の恩師なんですが。側で見てると凄いな、と息を呑みます。そんな人になりたいなと思ってます。
「ブレてる」という言葉が良くなかったのでしょうか。そんなに責めてるつもりもなかったし、人間なんでブレて当然だし、軽くツッコミ入れたつもりだったのですが。あ、AIを素晴らしいとおっしゃっている訳ではありませんね、ここは早とちりでした。いずれにせよ気分を害されたなら誤ります。すみませんでした。
謝ります、でした、トホホ。