2月27日 木曜日 晴れ
残された時間、どういう生き方をするべきなのか、ずっと考えている。今日、たまたまアイルランドの友人からメールがきて、はっとしたけれど、住もうと思えば、住居は国内に限定することもない。どこに住んで、どんな生き方としようと自由なのだから。
優先順位で一番にくるのは、でっかいスペースがあって、常に楽器がセットアップ(特にドラム)してあって、思いついたときにすぐに録音できる環境。レコーディングを特別ではなく行えたなら、どんなにいいだろうと思う。使われていない倉庫に住むとか、天井の高い古民家がいいのかな、とか。
信号がなくランニングができて、バイクに乗ると最高すぎて、近くに雪山があるといいな、とか。笑。
とにかく海か山か、自然に囲まれているところがいい。なんなら、携帯の電波なんか届かなくていい。
やったことないけれど、もうこの世界のシステムに飲み込まれるのはたくさんだから、自分の食べるものは自分で育ててみたいと思う。
生活の贅肉のようなものはあちこちについているから(要するにモノが多い)持たない主義に切り替えている。そうしないといざ動くときに大変なことになるだけだから。本もCDもなにも要らない。
ずっと、どこに行くのか探してはいるけれど、自分の考えの中では、ある日「ここだったのか」と向こうからそれがやってくるんだと思う。だから、アンテナは貼っておく。
そもそも。みんな忘れてるけれど、命は、他の命に簡単に食べられてしまう存在。ニンゲンが偉そうに食物連鎖の頂点に君臨してるから、気づかないだけで。みんな、ほんとうは食べたり食べられたりしながら、必死に生きて支え合ってるだけのこと。だから、もうちょっと謙虚に。生かされてるなら、もうちょっと日々をたいせつに。もうちょっといろんなことを本気で探求して。
知りたいことは山のようにあって。毎日一冊本を読んでるけど、とうてい追いつかない。わたすの場合、書物で得た「知識以前のもの」は体験によって、ようやく「知識」になるから。時間がかかる。答えは机の上にはない。いつだって。
若い頃、あれだけ枯らしていた植物がいっさい枯れなくなった。というより、植物の声が聞こえるようになった。だから、たぶん、野菜を育てることはできると思う。簡単ではないと思うけど。その命をいただいてみたとき、また見える世界が変わると思うんよね。でも、都会にはそんな場所すらない。
ともだちが卵を生産してる。卵の値段っておかしいと思わない?どう考えても、あんな値段で生産できないと思う。深く考えると、おかしなことばかり。
野菜を作ってるともだちの暮らしを見てたら、みんな野菜は高いっていうけど、いやいや、ほんとにすげー仕事なんだから。でも、せめて生きていくのに必要なものには消費税をかけない、とかさ。考えられることはたくさんあると思う。
おかしい世の中にどっぷりと浸って、自分の魂まで売り渡すのは嫌だ。だから、自分の生き方をちゃんと考えたいと思う。
親友が愛媛県北宇和郡鬼北町日吉村の古民家、田んぼ、畑、山を500万円で売却希望だそうです。ただ、スタジオ施設はございません。亡きお父さんは日吉村の元助役でした。
となり町が隈研吾先生の設計した高知県檮原町です。雲の上の図書館は要塞の様です
お隣と40メートルぐらい離れていますので音に関しては大丈夫です❗いずれにせよ、建物は補修は必要だと思います。
梼原町には、町で栽培した小麦粉と自家製イーストでパン職人「まあ、四国一」と東京からIターンの元カメラマンとモデルが妻がやっている珈琲屋さん「絶対四国一」、写真だけで移住を決めたナイスガイ、ナッツとチーズの燻製屋「日本一」が住んでおります。
そうだ、もう一人!
オランダから来た碧い眼の紙漉職人が住んでます
この情報は山口洋さん、オンリーの物件です、、、、、。
この間左衛門町を歩いた。
もうカオスでした。ブレランの世界かも知れない。吐き気がした。溺れるかおもた。あれはヤバいわ。
俺の今の生活にカモシカに出会える事は無いけど
とりあえず今は地に足をしっかりと歩きます。