太陽の子

11月16日 金曜日 晴れ 

 新しいアルバムを作るとき。タイトルが最初から見えていると、作業が速い。その言葉が導きだす、音楽の頂きを目指して進んでいけるからだ。「NO FEAR」とか「TOKYO CITY MAN」だとか。ところで、この一年間。岡本太郎さんに多大な影響を受けた。彼の意志にいつも鼓舞されてきた。で、もし、タイトルを「太陽の塔」にするなら、きちんと許諾を取らなきゃな、なんてことを漠然と考えていた。そこに来て、某氏が立ち上げた政党の名前が「太陽の党」だとさっき麓で知って、膝カックンを喰らったような気分になった。アーメン。僕はあの老人が好きだとか嫌いだとかについて、言及したくない。ただ、彼の心が何処を向いているのか。それだけは見極めて欲しいと切に思う。

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 さぁ、太陽の子の話をしよう。これは愛についての話。

 その人はほんとうに太陽の子だ。ダライ・ラマの如く、生まれたときから太陽の子。誰かの母体を借りて、500年に一度生まれてくる。生まれたら、産みの親から引き離される。物心がついたらすぐ、子宝に恵まれない人を助ける仕事が始まる。初めてゆっくりと二人きりで話を聞いた。太陽の子の物語は壮絶極まりないものだった。でも、内容はここには書かない。それが目的ではないから。壮絶な虐待や差別、そして裏切りを超えて、今はたくさんの子や孫、ひ孫に囲まれて暮らしている。

 20年前に僕は太陽の子に会ったことがあるらしい。泥酔していたらしく、まったく覚えていない。そして「しっかり生きなさい」とビンタを張られたのだと。

 数年前。僕がどうしようもない状態にあったとき。東北道を走っていたら、とつぜん太陽の子から電話がかかってきた。なぜ太陽の子が僕の電話番号を知っていたのか?そんな議論に意味はない。太陽の子はヴィジョンと共に生きる。すべて見透かされている。その後、家に帰り、僕はアニキにこう云われた。「ハ・シ・レ」。たった3文字。この二つの事象がなければ、僕はこの世に存在していなかっただろう。

 雨が降る寒い日のこと。僕はいつものように走っていた。僕にはそれしか出来ることがなかった。太陽の子からは「雨の日は走るな」と口を酸っぱく云われていた。身体が冷えて、低体温症になった。ようやく家に辿りついたなら、電話が鳴った。まただ。「だから、走るなと云っただろ」。本気で怒られた。そのとき、太陽の子は2000キロ離れた場所に居た。つまりは、そういうことだ。

 何故、太陽の子が僕を助けてくれるのか、まったく理解できなかった。云うまでもなく、何かをもらったことはあっても、金品を要求されたことなんて一度もない。太陽の子は「お前はこの世に必要な存在だからさ」と云った。それから僕はずっとその言葉の意味を噛みしめて生きている。

 あるとき、太陽の子が僕の家に来てくれた。太陽の子は僕のベッドで寝てもらって、僕は一階のソファーで寝た。朝になって、階段を降りながら「おはよう」と云われた。涙が止まらなくなった。その言葉の中に、僕に欠けているすべての響きを受けとったからだと思う。一言で書くなら、それはとてつもなく大きな「愛」以外の何ものでもなかった。

 その言葉は僕を変えた。エゴは創作する者にとって、大切なものでもあるけれど、不要なエゴがなくなっていくのを感じた。そして何もかも失って、何も失っていないことに気づいた。大切なものは、いつだって自分の心の中にあった。厳然として、確かにここに。

 震災が起きて、迷いながらも自分が出来ることをやってきた。心の中にはいつも太陽の子の言葉があった。今回、山の家にはるばるやってきてくれた太陽の子に、先だっての中学生が歌う「満月の夕」の映像を見せた。太陽の子は泣いていた。何も云わなかったけれど、何を云いたかったのか、すぐに分かった。今まで「息子よ」と僕を呼んでいたのに、それからは「弟よ」に変わった。

 滞在していた3日間。太陽の子は中学生が僕にくれた花束と野草と組み合わせることに夢中になっていた。必要な野草を探しながら、太陽の子はカラスや上の親(太陽の子はそう呼ぶのだけれど – mother earth – 宇宙 – つまりは神)と会話していた。行くべき道も、語るべき言葉も、紡ぐべき野草も、すべては与えられるのだと、太陽の子は語った。花束は次第に巨大になっていった。驚くべきことに、水を与えなかった。この家を離れるときに、ほんの少しだけ水を与えた。僕が家を去るときに、この花束をどうしたらいいのか尋ねた。太陽の子は「これは子供たちの愛が詰まっているから、かくかくしかじかの場所に置いて帰るように。けっして人が踏まない場所にね。そうすれば愛は循環して、必要な人にそれが届くのよ」と。

 太陽の子は自らをシャーマンだと云う。でも、僕は太陽の子という響きが気に入ってる。だって、ほんとうにそうなんだからね。太陽系のすべてのエネルギーの源は太陽だからね。

 滞在している間。僕は太陽の子の行動をずっと見ていた。ひとつひとつの所作に学ぶことがあったからだ。例えば食事。それは食事と云うよりは、「魂を頂いている行為」に等しかった。山の中なのに、太陽の子は魚を食べることにこだわった。麓に売っていたまずそうな鯵を丁寧に3枚におろし、普通は捨てる骨を丁寧に油で揚げて、残さず食べた。ちなみに僕も身の部分を食べてみたが、あの鯵とは思えないほど美味かった。太陽の子が注いだのは多分愛だ。遠く離れた場所からわざわざ生きたタコを持ってきてくれて、太陽の子はタコ解体ショーを始め(かなりグロかった)、タコの煮汁に内蔵と墨袋を入れ何杯も食べた。無理強いはされなかったが、とてもじゃないが僕は食べられなかった。

 僕の山の家には「勝手にグレイブヤード」がある。都会の納骨堂じゃ、何だか味気ない。だから裏庭に、うちの親や犬や亡くなった多くの魂を眠らせている場所がある。そこに友だちがたくさんの植物や木を植えてくれた。そんな墓の方が僕は好きだ。そこの住人はどんどん増える。それが生きてることの意味。血縁だとか、そうじゃないとか、僕にはあまり関係のない話。そして「Prayer on the hill」、そこで祈る人の後ろ姿。

 太陽の子はそこに眠る魂のために、セレモニーをやってくれた。「打ち紙」と云われるあの世界のお金を持って。僕はそんなものが存在することも知らなかった。大量の打ち紙を丁寧に燃やしていく。痺れるような寒さだったが、太陽の子は裸足で、そして目は真剣だった。寒さで僕の集中力が落ちてくると、一蹴される。死ぬってことは生きるってことで、その逆もまたそうなのだと、その姿は語っていた。

 「死ぬことって怖くないでしょ?」。僕の問いかけに、静かに「そうさ」と太陽の子は応える。今の僕はその意味が分かる。間違って欲しくないけど、それは決してネガティヴな意味じゃない。今日を精一杯感謝とともに生きる。そういう意味だよ。分かってくれるよね?

 僕はオカルトの話をしたいのではない。宗教の話をしたいのでもない。ただ、LIFEに起きる出来事はすべて必然で、偶然はなく、理由のない経験はないってことだ。失敗から学ぶことはたくさんある。どんな最悪な経験にも意味がある。そこには大きなメッセージが託されている。そこから人は必ず再生することができる。少なくとも、僕の経験はすべてそうだったし、これからもそうだろう。そして大切なのは愛だけだ。見返りを求めることのないほんとうの愛。誰かに注げば、忘れた頃に、それは大きくなって戻ってくることがある。それをまた自分のものにするのではなく、投げかえす。言葉にすれば、ただそれだけのこと。

 「あなたはどうしようもない若者だったけれど、辛い経験を乗りこえて、まずは人を思いやれる立派な大人になった。上等さ。それが嬉しいさ」。そう云って、太陽の子は帰っていった。「麓で観たあのカニが欲しいのよ、10袋。このエキスを使って今妊娠している子を元気にしたいの」。がってんです。僕は麓にクルマを飛ばして、すべてのカニを買い占めた。9袋しかなかったけれど。相当な重さのカニを発砲スチロールの箱に入れて、太陽の子は飛行機に乗った。きっと今日もまた僕のような迷える羊が太陽の子を待っているのだろう。嗚呼。ほんとうに何と云ってよいのか。

 でも僕はようやくLIFEに起きる不思議を愉しめるようになったよ。それはきっと自分が引き寄せたことだからね。求めなければ、それは得られる。
 

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太陽の子 への4件のコメント

  1. Koike より:

    僕は、妻と結婚してからの日々で起こった
    いろいろなことに、不思議だけれど、
    こういうことがあるんだなと思ってきた。
    当然誰にも言うつもりはない。
    今回のお話に、僕は静かに頷くだけです。

  2. 林檎 より:

    今夜もブログを読んでいて涙が出て来てしまいました。
    太陽の子に廻り逢えた山口さんは太陽の子が言うとおり
    この世に必要な存在だと思います。
    お若い頃の作品からもすでに大切な『愛』が一杯詰まっていて
    その『愛』を私達に伝えていますね。
    太陽の子の話を書いて下さり、ありがとうございました!

  3. Raku より:

    泣けた。

  4. 岩本憲治 より:

    二十代の頃どれだけ山口さんの歌からパワーを
    もらったことか…
    パソコンも無かった自分に遠く離れた友人から
    当時のR&Rダイアリーがプリントされて
    送られてきたり…
    三十代、何故かボヘミアンブルー聴いてたら
    涙が止まらなかったり…
    いろんな事思い出した。
    そして想定外の四十もとっくに過ぎて出会った
    ダイアリー、短い映画を観ている気がした。

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