8/15と6年

8月16日 金曜日 嵐 

 春ごろにSaicoちゃんから連絡をもらったとき、「8/15にどうしてもライヴをやりたいこと」が自身の6年ぶりのライヴだってことを知る由もなかった。

 ただ、メールの筆圧がとんでもなかったのは事実で、かなりの覚悟をもって送ってきたことはすぐにわかった。8月と2月はライヴをやらないことにしているのだけれど、彼女の情熱を無視することはできなかった。

 そんなわけで藤井一彦と二人のおじさんで彼女の想いをバックアップすることに。

 6年ぶりの彼女に声援を送るオーディエンスの表情を見ていて、ミッションやてやってよかったな、とこころから。

 ありがとう!

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8/15と6年 への4件のコメント

  1. にゃあにゃあ。 より:

    ヒロシさんがご自分のステージパートを終えて袖に消えた後、
    「優しいなあ。」「やさしい〜。」とSAICOさんのファン方たちが口々に。

    既視感があったのは、4、5年前に渋谷の片隅であった「フルノイズ」のLIVE。
    あの時も、主役の「前座」を自称しながら、バンドのみなさんへの敬意と気遣いはもちろんのこと、ヒロシさんより少し年上の長年のファンの方々へのリスペクトと思いやりに満ちたトークと演奏で。
    どうしたら故郷のかつての憧れの先輩バンドとそのファンの方たちが、渋谷での一夜限りのライブを思いっきり愉しめる時間にできるか、ただそれだけのために技術とことばを駆使してサポートの「役目」に徹するヒロシさんの姿がこころに残りました。

    昨夜は、久しぶりにステージに立つ後輩SAICOさんの「露払い」を自称しながら、その背中に勇気を吹き込み、このたくさんのファンのみんながあなたをずっと待っていたんだよ!ということを、演奏とトークでファンの皆さんを喜ばせ会場の空気を創りながら、伝え続けてらっしゃいました。

    オファーを受けて、準備をして、リハーサルをして、楽屋でおしゃべりをして近況を知り、会場のファンを見渡し、自分の番が来るまでに、「ヨシ、オレの役目はコレだな。」と心得て、ステージではその愛と力量で遺憾無くその役目を全うする。
    自己顕示を挟む余地なんて0.000000001ミリも無い。
    まあ、いつのライブもそうだけどね、ヒロシさんは。

    SAICOさんが、「戦争」という、誰が立ち向かっても跳ね返されるしかないような重たいテーマに、無力感をかなぐり捨てて挑んだ6年ぶりの復活ライブ。
    なるほど、真夏のヒロシさんのココロを動かしたのはこれだったのかと、たしかに伝わってくる「思い」がありました。
    ありがとうございました!

  2. fujiiku より:

    昨日は運よく店頭売りのチケットを購入でき参加できました。ありがとうございます。

    洋さんと一彦さんを一度に見れるなんてラッキーだとの思いでしたが。会場に着くとSAICOさんのファンの熱量に圧倒されました。6年ぶりのLIVEとの事で果たして私がこの場にいていいものかとの思いがよぎりました・・・

    一番後ろで参加させていただきましたがSAICOさんのファンの皆様は洋さん一彦さんも熱心に聞いていました。

    正直私SAICOさんの曲 一曲も知りませんでしたが(カバー除く)SAICOさんの熱量も十分受け止めました。良い機会いただきありがとうございます。

    SAICOさんのファンの方と少々お話する機会ありましたが関西からの遠征で本当なら今日の新幹線で帰る予定を台風のため夜行バスに変更したとの事。無事にお帰りできたでしょうか。

    SAICOさんのお花屋さんも割と近くなので今度伺ってみたいと思います。

  3. そばや より:

    いつも、ヒロシさんは、渾身の気遣いをして去っていくのです…。SAICOさんも6年ぶりのライヴ。いろんなもの去来したのかな…近かったら行きたかったな…。私は若かりし頃、川村かおりちゃんのライヴ4回ぐらい行ってます。皆んな、つながりありで、しみじみしてホッとしたり、同じ時代にいれてよかったー。

  4. 中澤 美穂 より:

    山口さん、ライブお疲れさまでした。

    6年とは、小学校に入学してから卒業するまでに相当し、その間を、SAICOさんの変わらぬファンであり続けた皆さんがどのように過ごされたのか、SAICOさんもファンも、空白だなんて言わせるつもりのない6年間という歳月と想いを、山口さんと藤井さんは一瞬で暖かく包み込み、繋いだのだろうと、オーディエンスのかたがたの書き込みから想像します。

    5月の長野公演で「遠い声」を演奏者してくださった際に、山口さんはカポーティの「遠い声 遠い部屋」に触れていました。今更ながら、読みました。自分が拠り所とするもの(Jesusかもしれない)、自分が守るべき存在価値(老犬かもしれない)、自分が心を許せる人の存在(差別に晒される黒人の使用人かもしれない)があれば、人に何と言われようが生きていけるだろう。生きるとは痛みを引き受けることだ。心を閉ざすことなく、その扉を叩き続けよ。私にはそんな声が聞こえました。

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