9月24日 水曜日 曇り
急に寒くなりました。
山の暮らしも終盤を迎え、帰る準備をしています。とはいえ、機材を撤収してしまったので、まるで急に定年になった人みたいに、なにをしていいのか、時間を持て余しています。多動性で動いてないと死んでしまうマグロのような性格なのだと、今更ながらに知った感じですかね。笑
ハートランドで暮らすのは大変だけど、自分に合ってると思います。初めてNYに行ったときのように、自分が自分のままで居られる。光回線もテレビもそこまで来てるんだけど(実はコミュニティー単位の契約なので、お金も払ってる)あえて引いてないのです。その隔絶感が自分を落ち着かせるのか、と。
都会とのやりとりは某ソフトバンクを離脱して、キャリアを変えたので、テザリングで事足ります。必要なときにアクセスするので十分。メールは1日に1回しか見ない。驚いたことに、メールの数が激減。なるほど、これまで反応が速すぎたのか、と。笑。
風、ひかり、星、雨、エトセトラ。自然は偉大です。家に中に迷い込んだ虫が必死に生きようとしてもがいているのを見ると、自分が死ぬことなんて、ほんとうに大したことじゃないんだと思えてくる。生まれてきて死ぬ。ただ、それだけのこと。大きな円環の中に身を置くことが気づきをたくさん与えてくれるのです。己の存在の矮小さゆえ、自らの宇宙を知るって感じかな。
帰ったら、山の生活に半分くらいシフトすることを本気で考えてみようと思うのでした。
今日はゴミを捨てに行ったり、家をメンテしたり、冷蔵庫を空っぽにしたり。ゆっくり1日を過ごしてみます。
震災からの復興って、簡単に言うけれど、今年ようやく復興したって思いました。そのくらいのタームが必要なんだ、と経験してみてしみじみと。昨日、被災したときの写真を久しぶりに見ました。こりゃ、こころ折れる。
でも、諦めないこと。こころに火を灯して、ひたすらゆっくりと前を向いて進むこと。いつか必ず、めげなくて良かったと思える日が来ることを知りました。昨日、薪ストーブで焼いたハンバーグの美味かったこと。
いよいよ完成が近づいていますね。
この1、2か月のダイアリーを読みながら、ほんとうに楽しみでわくわくしています。
もう立派なおっさんですが、遠足を待ち望んでいる子どものようです。
確かに、自分でいられるように、というか、何かに追い立てられることなく、自分でいられる時間を持つために、工夫がいるのだろうな、と思います。
ちょっとしたアイデアとかわずかな勇気や思い切りでイケるとも思います。
そんな時間を取り戻すことがほんとの豊かな生活なんでしょうね。