MY Life is My Message 2015

  • インスピレーション

    4月3日 金曜日 晴れ 

     二日続けて都内へ。今日は新宿。かつてこの街にあったPower Stationってところがホームだったから、よく知ってるつもりだったけれど、着いた駅そのものが知らない高島屋の下だったがゆえ、東口に出ることすら苦労する始末。笑。ちょっとなんというか、怖い。。。

     そうそう。行きの電車の隣にゴダイゴのメンバーが乗ってらして、同じく新宿で降りたんだけど、結局声はかけなかったけれど、同業としての矜持をひしひしと感じたというか。うまく書けないけど。それはわかる。

     この数ヶ月の間に起きたいろんなこと。自分のこころに起きた変化もろもろ。なによりも世界の変容。

     根本的な考え方と、環境を変える必要があるのかな、と。 

     難しいのは、ただ単にアクティヴに攻めて切り抜けるのではなく、かなりの部分で身体のために力を抜いて休息を取りながらも攻めることが求められていることで、これまでの日々が格闘技だとすると、相手の力も利用する「合気道」みたいな生き方が求められてるんだと思うのです。

     「ローリング・サンダー」、「森の生活」、「夜の果てへの旅」、もろもろ。もう一回読んでみようかな。バイクが帰ってきたらもう一回「イージーライダー」見てみるかな。てか、今思いついたんだけど、大好きな映画館(青梅のシネマネコなんかで)みんなと「イージーライダー」と「インディアンランナー」を見る、なんて素敵かもなぁ。こういう映画が好きな人ってほとんど一人で映画館に行くんだろうけど、ある種同志かもしれない人たちと「一緒」に見るって、いいかもなぁ。とか。

     この時代、ファンクラブとか。ロックバンドも「囲い込み」ってのが生きていく上で必須なのです。でもね。オレが独立したとき、最初に解散させたのがファンクラブ。それは違う、と思ったから。違う意味で、一緒に映画を見る、みたいなのはアリだと思う。それぞれがそれぞれに励まされる、みたいなね。違う存在が周りにいることで。もちろん一人がいいんだけど、みんな孤立してるんじゃないかと自分を含めて思うから。

     群れない連帯。SNSの仮想じゃなくて。

     たとえば、オレが「森に帰った」なら。ゼロからの体験になるわけです。一年生。ピカピカの。まずは家を造ることから始めるのか。笑。

     いつだって、もう長いこと、イメージだけを抱えていて。

     天井の高い空間。木でできた広いスペース。そこに楽器が置いてあって、思いついたときに音楽が創れる。望んでるのはそれだけなんだよなぁ、と。新しい曲ができたらすぐ録音して、求めてる人にさっと届ける。「新曲できたよー」って。それって、独立した農家とまるで同じじゃんって。決してJAは通さない。

     どう考えても第一次産業がいちばん偉いわけで。彼らがいないと飢え死にするんです。なのに食料自給率ときたら。石油もだけどね。

     都内に出て、危険だなと思うのは。なにかが起きたときのリスクマネージメントがまるでできてないってことです。ちょっと雪が積もっただけで、どうなるかオレは知ってる。その慌てっぷりがほんとに怖かった。こんなん天変地異が起きたら阿鼻叫喚の地獄にしかならない。。。

     自分のスタジオの空き地を耕して、食べ物を作ってみたいんです。たぶん、最初はなんの才能もないと思う。屋久島のすごい中華のシェフが、自分で釣って、自分で育てた野菜を提供してるんだけど。ものすごいインスピレーションを受け取ります。こういうことじゃんって。見事に循環してる。

     ブラザーがずっとオレを釣りに誘ってくれていて。オレね、魚を触れないんすよ。超絶ヘタレ。だから、行ってみようと思ってます。自分で釣った魚、自分で捌いて喰ったなら、そうとうなにかが変わると思われ。

     なんだかんだ。

     とんでもない世界だけれど、まだメッセージは満ちてると思うのです。どう受け取るか。それだけだと。

  • 桜散る日

    4月2日 木曜日 曇り 

     雨のエイプリルフール。

     電車に乗って虎ノ門へ。例の事故後、保険でずっとレンタカーはあるんだけど、まったく乗る気にならないのです。クルマって自分にとっては単なる移動手段ではないってことを思い知るいい機会なのかも。代わりに道中カメラを持って、散りゆく花びらを撮影。

     ちわきまゆみさんの番組に呼んでいただきました。久しぶりにお会いしたけど、こんなにホスピタリティーに溢れた方だったとは。。。アルバムをちゃんと聴いてくださっていて、とても嬉しかったです。放送は以下の日程で。ぜひ、聴いてください。

    FM COCOLO
    The Majestic Sunday Night
    4/12(日) 21~22時
    DJ ちわきまゆみさん

     子供の頃、九州でメインの道路といえば国道3号線。その道から134号線を通って、国道6号線につながる歌を書いています。架空といえばそうだけれど、イメージの中では実存なのです。

  • 崖っぷちの4月

    4月1日 水曜日 曇り

    今日書くことはエイプリル・フールでもなんでもないです。

    いつだって、意味のあることを積み重ねていきたいと思っています。このトシまでバンドを続けられているのは、奇蹟だと感謝しています。

    47年間、常に崖っぷち。落ちたら終わりなんで、落ちなかっただけ。偉そうに言うことじゃないけど、それがデフォルト。

    今回のツアー、ライヴを延期せざるを得なくなって、それはメンバーの体調のことだからやむを得ないし、当然それを優先するんだけど、後ろ盾もなにもないバンドとしては相当なダメージを喰らうのも事実です。

    今月、横浜のサムズアップでド平日に追加公演が2daysあります。サムズはホームのように演奏できる僕らにとっては貴重極まりないハコ。ご存知のように9月でcloseします。ブルータス、お前もか!だから、みんなにぜひ体験して欲しいんです。失ってから気づいても遅いんです。どうして平日なのかって、何度も書いてきたから察してください。CDが売れなくなって久しく、ハコは未だ土日のスケジュールの奪い合い。なんだかなぁ、と。そんなことをしていたら、誰もが成り立たなくなる。

    互いにリスクをとって、未来に意味のあることを積み重ねて繋いでいきたいのです。

    平日の仕事帰りに超絶至近距離で食事しながらライヴが繰り広げられる。吹けば飛ぶような存在だったとしても、僕らにも意地ってもんがある。とはいえ、僕らも、もはやバンドに明日があることが当たり前だとは思っていません。崖から落ちたらThe END!それが人生。でも、行けるところまで行きますとも。

    だから、今しか見れないものを体験しにぜひ来てください。ライヴに来て、思いきり楽しんで、ニューアルバムやグッズをゲットしてくれたら嬉しいです。4/8はアルバムの正式発売日でもあるんです。池畑潤二、順調に回復していると本人から連絡がありました。みんなといい時間を過ごせることを楽しみにしています。

    よろしくね!

     

    5/28に延期された福岡公演、払い戻しやチケットの追加購入に関してはこちらを参照してくださいまし。

     

  • 理解

    3月31日 火曜日 雨

    宮本常一さんが昭和初期に自分の足でJAPANを記録した本。すこぶる刺激的。自分が物心ついたときには、この国は高度成長に舵を切っていたから(例の三種の神器のころかな)体験できなかったJAPANの善き風習を追体験している感じ。

    大戦で世界中、相当に傷ついていたはずだから、物心両面に於ける焦土からの復興という意味では、世界的に似た状況だったのかも。小さい頃の写真は時代の「成長感」よりも「戦後感」の方が顕著だしね。

    そんな意味で言えば、80年周期で世界に巨大なエゴまみれのアホがあちこちに出現し、戦争を起こそうとするのは、ニンゲンの本質かつ、語り部が死滅するタイミングでそうなるのかも、と仮説を立てたくなる。トランプは言うに及ばず、高市はすさまじく酷い。60年も生きてると政治家がどれだけ酷いか、嫌というくらい見てきたけれど、史上最高に酷い。あいつは国民を殺しかねないけれど、あの巨大かつ薄っぺらいエゴを選んだのは自分たちの浅はかさだってことを忘れてはいけない。

    だから、個人攻撃ではなく、高市のことは書き続ける。本当的に奴が危険だと感じているから。

    話を戻す。宮本さんによると。

    かつて日本の田舎や離島には、問題をとことんまで話し合う風習があった、と。そのとことん具合が半端なくて、数時間じゃないんだよ。数日。紛糾して結論がでなくても村人全員が納得するまで時間をかけて。

    現代ではあり得ない。でも村人の構成員ひとりひとりがその経験を積み重ねていたなら、簡単に他者を殺めたり、征服したりする発想になりようがない。その村で慎ましく生きていくには、他者との差異を骨身に沁みるまで理解して、思いやり、かなりの忍耐を許容するしかなかったのだと。

    その文章を読んで、ものすごく思い当たるフシがあった。自分の血の中にもそれがある。どんなに理解不能な人物でも、なんとか理解しようとして、結局ズタズタに切り裂かれる。そんな経験を山ほどしてきたから。

    オレはハーレーで旅をして、これを現代風にアレンジできないかと考える。

    たとえば。どうしても分かり合えない存在。オレにも割といるよ。人間だもの(笑うとこです)。

    でも追いかけても、理解しようとしても、どうにもならないことがある。他人が介在している以上、どうにもならないのだ。他人なんだし。

    では、分岐点はどこにあるか。死ぬときに、このままで後悔しないかどうか。後悔しないのなら、もう時間の流れにすべてを任せる。後悔すると感じる関係でも、ある程度は時間に任せる。何度も頭をよぎるようなら、それが今なのかどうかを考える。関係の真ん中に「宇宙」(空でもいい)が介在していることを忘れないように。そうすれば、必ずその時はくる。自分が死ななければね。たいせつなことは「empty」。空っぽならそれはなされる。それを書いた。

    理解できないことは理解の一部だとこの頃思えるんだよね。あながち間違ってはいないと思う。

     

    関係ないけど。

    日々モノクロで切り取ること。それもまた忘れていた経験。寝る前に、今日撮影したものを見てみると、すでに忘却の彼方にあることがたくさんある。日々は輝きに満ちている。それを忘れさせ麻痺させるのが現代の暮らし。特にネットとSNSとスマホ。ご同輩も気をつけられたし。

    自分の日々にある「瞬間」の方がはるかにプレシャスだよ。

    カメラの中にある写真は即座にネットにアップできないのが、それがまたいい。

  • 自分の足で

    3月30日 月曜日 晴れ

    昭和初期に自分の足で日本の辺境を旅し、失われてゆく暮らしを書き残し、写真に収めた宮本常一さんの本を読んでいます。

    こういうことがやりたかったのかもしれん、と。民俗学。

    とかく人は自分のことしか考えない。失われていくものが多すぎる。福岡の街を見ていて特にそう思います。ほんとに市長が酷すぎる。

    慎ましく生きる人たちが自然と「循環」の中にいる姿に思うことが山のようにあるのです。

    普段、あたりまえのようにiPhoneで写真を撮るようになってしまったけれど。あれだけ写真を撮ることが好きだったのに、写真家を目指したことすらあるのに、ちっともときめかなくなってしまった。

    たぶん、その行為は自分にとって写真を撮ることではないのです。SNSのいいねって「どうでもいいね」ってことで、承認欲求が満たされて、消費されて消えていくだけ。

    もう一度向き合ってみたくなったのです。

    安い広角レンズを買って、モノクロで日々を切り取ってみる。忘れてたことをだんだん思い出してくる。悪くないです。

    ハーレーが帰ってきたら。カメラを抱えて、令和の宮本常一になって旅ができたらな、と夢想するのです。

    この凄まじいメンツのアルバムを紹介しておきます。僕のアナログ盤には昨日書いた僕らの番組に遊びに来てくれたケヴィン・エアーズのサインが入っています。

     

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  • 私的John Cale考

    3月29日 日曜日 晴れ

    若かりし頃、とてつもなく影響を受けた彼を紹介できることを嬉しく思います。

    あくまでも彼の奥深さの入り口として。刺さったら、そこから先は自分で深堀りしてください。

    福岡でアマチュアにも関わらずラジオ番組を持たせてもらっていて。オープニングのテーマ曲はこの曲でした。88年ごろ。僕は24歳、圭一は22歳。ふたりともJohn Caleが大好きでした。一聴するとデヴィット・バーンみたいですが、彼ほど頭で音楽をやっていない塩梅が最高に好きです。この曲は歌詞も好き。耳をすませば簡単な英語なので、聞き取れると思います。

     

    Satellite Walk 1985
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    Velvet Undergroundにおける彼の功績はルー・リードが書いたシンプルな名曲に彼が繊細な狂気を付け加えたところにあると思います。このヴィオラの素晴らしさをぜひ。1967年。

    Venus In Furs 1967
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    昨日、お伝えしました。初めてのソロ作品、Vintage Violence(1970)からBig White Cloud。

    Big White Cloud 1970

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    アルバム「FEAR」から。「Fear Is A Man’s Best Friend」という曲が収録されてまして、このアルバム全体が「NO FEAR」に与えた影響は書くまでもありません。僕のNY時代は頭の中にいつも「Fear Is A Man’s Best Friend」という言葉がありました。

    John Cale – Buffalo Ballet 1974
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    この曲も「FEAR」から。彼はライヴでこの曲をギターで弾き語るんだけど、そのヴァージョンも素晴らしい。僕が日本語で「愚か者の船」を書いたのはこの曲のおかげだって、タイトル見たらわかるよね?彼が伝えてくれたものを消化して、15年くらいかけて形にしたんです。

    John Cale – Ship Of Fools 1974
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    なわけで貼っておきます。ありがとう!John Cale。

    愚か者の船 HEATWAVE 1996
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    アルバム「GUTS」(1977)から。この時期のロッキンな彼も大好きです。だいぶ狂ってます。ジャケットも最高です。僕のギターヒーロー、クリス・スペディングがいい仕事をしています。このひねくれ感がたまらなく好きで、カッコつけてる日本のロックミュージシャンのほとんどがバカに見えてた私たちでした。なので、どこまでダサいルックスで尖った音を出すかってことに全力を尽くしてたような。笑。

    GUTS 1975

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    この曲は僕と渡辺圭一に衝撃的な影響をもたらしました。もちろんライヴでカヴァーしてました。歌うのは圭一です。笑。

    John Cale – Chicken Shit – 1977

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    ついでに。パティー・スミスのライヴで狂ったベースを弾きまくる彼を。超絶狂ってて、素晴らしいのです。

    Patti Smith and John Cale My Generation 1976
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    この時期のライヴは凄まじかったのです。NICOと来日したとき、なけなしのお金をはたいて僕らも大阪の御堂会館でそのライヴを体験しました。

    John Cale – Leaving It Up To You (Live ’84)
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    John Cale – Heartbreak Hotel (Rockpalast 1983 & 1984)

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    ここからは内省的な彼の素晴らしさを。1982年の名盤「Music For a New Society」から。このアルバム、どれだけ聴いたことか。日本酒飲みながら、毎日これを聴いて寝落ちしてました。聴いてないと生きていけなかったくらいのレベルで影響を受けました。20歳くらいのころかな。。

    Taking Your Life In Your Hands (Music For a New Society) 1982

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    この曲はカヴァーしてました。いつも河原でひとりで歌ってたのです。救われたなぁ。歌詞も大好きだった。。。

    Chinese Envoy (Music For a New Society) 1982

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    この曲がいちばん好きかも。

    Close Watch (Music For a New Society) 1982

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    最後にかの有名なカヴァーを貼っておきます。言わずと知れたレーナード・コーエンの大名曲。「I’m your fan」というレーナード・コーエンのカヴァーアルバムに収録され、大きな反響を呼びました。後にジェフ・バックリーがカヴァーしてさらに有名になりましたが、彼もまたこのヴァージョンに大きな影響を受けたと語っています。僕はNY時代にイーストビレッジの小さなクラブでジェフのライヴを見ましたが、同じヴェルヴェットアンダーグラウンドの子供たちなんだと、とっても親近感を覚える他者を受け付けない凛としたステージでした。

    つまりジョンから僕らは「自分の道を歩くこと」を学んだのです。

     

    John Cale – Hallelujah 1991
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    ここから先はみなさんで深堀してください。

    それと「独り」って曲、歌詞まで伝えてくれてありがとう。歌ってみるよ!

     

  • Vintage Violence

    3月28日 土曜日 晴れ

    John Cale、響かなかった?

    振り返ってみると、彼の音楽を熱心に勧めたことは、たぶん一度もなかったかも。その才能の幅が広すぎて、端的に彼の魅力を伝えるのはとても難しいから。彼の振り幅はとんでもないから。アンビエントから狂ったロックンロールまで。内省から攻撃まで。たしかに一面的に言えば捉えどころがない。

    この長い人生の中でも彼の音楽を好きだって人物に3人くらいしか会ったことがない。記憶が正しければ、一人はドクターだったな。笑。

    でもね。ほんとうにものすごい才能なんだって。いつも書いてるけど、メジャーなものがすべてじゃない。それってマネージメントと出世欲の差だったりするのよ。ひっかかった人がいれば、すべてのアルバムを持っているわたくしがJohn Cale入門編をやるのはやぶさかじゃないです。でも、徒労に終わるのは避けたい。反応ないのは疲れるもん。

    地球上に一人でもね、彼の音楽を聴いて救われる人がいたら、やろうと思うのです。どうしてって、若い頃の自分がそうだったから。「Artifical Intelligence(人工知能)」が世界を席巻しつつある今。41年前にそれを予見していた彼の音楽が(たぶん3周目くらい)ふたたびオレを強く励ます日がくるとはね。

    1曲だけ貼っておきます。たくさん名曲あれど、これが一番好きだしわかりやすいかも。初めてのソロアルバム、タイトルが「Vintage Violence」、1970年。まず、そのタイトルに撃ち抜かれ、ジャケットに撃ち抜かれ、そして曲の柔らかなヴァイオレンスに撃ち抜かれた。

     

    Big White Cloud / John Cale from “Vintage Violence”(1970)

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    影響を受けやすいオレはすぐさま「君にヴァイオレンス」って曲を書いた(はず)。こうやって音源化されてない曲って、全部埋もれていくんだね。今更ながら。あ、「独り」って曲を覚えておいてくれた君、ありがとう。たしかそんな曲だった。笑

     

    激しいのがロックかって?いやいや、ぜんぜんそうじゃないし。弱い犬ほど吠えるのに似てるよ。

     

    少し時間に余裕があると、いろんなことを考えます。いい意味でね。気づいたことがたくさんある。おいおい伝えていきます。体調、おかげさまでずいぶん回復してきました。

     

     

     

  • AIの後に残るもの

    3月26日 木曜日 晴れ

    なにもしないで静養することに決めたから、時間だけはたくあんあった。だから考えた。

    AIと人類は共生できるのか、あるいは駆逐されるのか。

    そもそもAIがなんの略なのか、ちゃんと言える人の方が少ないと思う。オレは遡ること41年前、21歳。1985年からその言葉を知っている。敬愛する異才、John Caleがその名も「Artifical Intelligence(人工知能)」という名盤をリリースしたから。彼の音楽はいつだって素晴らしいんだけれど、リアルタイムで受け取ったこのアルバムはひときわグッときた。

    たぶん、その時代から彼は予見していたんだと思う。特に「Dying on the vine」という曲が好きで、ものすごく影響を受けた。「Artifical Intelligence(人工知能)」の意味、わかると思うよ。そしてその延長線上で「独り」という曲を書いた。その曲をデビューアルバムに収録しようとしたのだけれど、当時の事務所の社長の猛反対にあって収録されなかった。振り返ると、彼には音楽のセンスがなかったから、オレが中央突破すればよかったのに。録音も歌詞も残っていないから、その曲をもはや再現するのは難しいけれど、とってもいい曲だった。

     

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    AIは人類になにをもたらすのか?戦々恐々とする必要はどこにもないと思う。ハンディーがある人たちには素晴らしいツールになるだろうし、我々だって時間を有効に使えるようになるだろう。ただしインターネットやSNSと同じで、どう使うかが問題なんであって、一定数の人間はAIに使われてしまうだろう。

    世界にある3分の1くらいの仕事は消滅するだろう。高速道路の料金所のおじさんのように。推移して落ち着くまでの間は失業した人にとっても、世界にとっても混乱は続くだろう。でもオレはこう思う。今の産油国が「金銭的、財政的には」豊かであるように、AIが人間の代わりを務めることで生産性はあがり、利益もあがり、一見豊かっぽい世界にはなるだろう。

    ただし、思うに、人間が生きていく力とは「誰かの役に立っている」という実感だと思うから、精神的に廃人のような人間も増えるだろう。

    なにをもって幸福と呼ぶのかオレにはわからない。でも、その世界が自分にとって幸福かと問われるなら、応えは当然、否になる。

     

    生まれてここまで。徹底的な体験主義で生きてきた。体験していないことは信用しない。そんな意味ではたとえば手術ロボットがいたとして。その体験を瞬時に同じロボットと共有できるって意味では凄腕の外科医を育てるよりは遥かに有益で、手っ取り早いけど。

    経験って、それだけではない。患者ひとりひとりの背景、メンタリティー、存在意義、エトセトラ。いろんなことが絡んでくる。病は気からってところはAIには判断できない。だって、人生の経験がないから。

    みんなも経験あると思う。ナビに頼りだした瞬間、道を覚えなくなる。ゆえ普段からなるべく使わない。バイクに乗る時は特にね。体験を擬似にしてしまうのはあまりにもったいない。

    行ったのか、行かされたのか。流れたのか、流されたのか。

    その違いはこうなってくるとあまりにも大きい。

  • ひねくれ方の角度

    3月26日 木曜日 雨

    雨の木曜日。引き続き体調不良。

    ラジオからThe Cureが流れてくる。ロバート・スミスの容姿や言動に憧れたことはない。でも、彼が創る音楽はかなりの確率で胸に響いてくる。けっして深遠な音楽ではないし、演奏技術に長けているバンドでもない。でもその音は到達してくる。

    これは悪口ではないから。

    トッド・ラングレンが来日していて。彼の素晴らしさはオレなりに理解してるつもりなんだけれど、トッドやXTC(一緒くたにしてすいません)の音楽がこころの深いところに到達したことはない。

    なにが違うんだろう。

    たぶん、ひねくれ方の角度。オレも十分にひねくれてると思うけど、どっちかというとロバート・スミスのそれに近い気がする。ねじれてるけど起立を目指してる響き。一人でスピリットと向き合った音、というか。

    って考察になってないか。

    あとは自分で創るだけなのかな。

    ところで。

    ガレージにクルマとバイクがないのは辛い。クルマは保険問題で先行き不透明。バイクは長めの車検。ヴェスパはあるけど、隣町に行くのが精一杯。

    自分の意思で流れる者として、それらは「馬」に近いものだから。なんだか足をもがれたバッタみたいな気分。冴えない。

     

    去年の8月のライヴのミキシングをしてる。バラバラな個性が一瞬のうちに生み出すロックンロールのマジックが確かにある。これはすごいな。映像を撮ることも考えたけれど、音しか残っていないのが、いいとオレは思う。発表するかどうかもわからないけれど、これは歴史的なこととして、まずはまとめることにする。行き先はおのずと見えてくるだろう。

     

     

  • その街

    3月25日 水曜日 雨

    春の抜け殻。

    約束があってヴェスパのタイヤを交換に行った以外、自分の身体からなんの気力も湧いてこない珍しい日。こういうときは野生の動物を見習ってじっとしているに限るのかな。多分。物事がいい方向に動くためにも、じっとしていた方がいいときがあるんだと、この頃思います。オレもニンゲンだし、これ以上頑張れないときがあるのは仕方ない。

    閑話休題。

    残念ながら冬の小樽を体験できなかったんだけど、今年も小樽、しかも「おたる潮まつり」の時期にいることができるなんてね。昨年、その街に滞在していた間に「Mr. OUTSIDE」を完成させるための多大なインスピレーションを受け取りました。それはある種の「使命感」に近いものでした。その後、屋久島を訪ねてヴィジュアルのインスピレーションを受け取ってアルバムは完成しました。このふたつの旅はとっても大きかった。てか、行かなかったならアルバムはまったく違う形になっていたか、完成しなかったか。

    人々の想いって、オレにはロケットの推進力みたいなものなのです。

    アルバムに多大なインスピレーションを与えてくれた長谷川さん。7周忌に彼の故郷でその遺志を継いでくれる人たちがいてくれたこと。どれだけ嬉しかったことか。僕もね。そういうことをやろうとしてたけど、コロナで木っ端微塵に。たいせつなことを忘れずに伝えるって、書けばこれだけだけれど、なかなかできることじゃないんです。この小樽のあっつい人たち。その想いをぜひ体験して、それぞれのLIFEに役立ててくれたら嬉しいのです。

    まずは読んでみてください。

    この街はね。うちのおかんが好きで、一緒に訪れたことがあります。ふたりして、伊藤整が好きだったから。なので、某NHKのドキュメントで密着されたこともある。でも、地元のあっつい人たちがいると、見えてくるものがまるで違うのです。その歴史も含めて。

    ミュージシャン稼業をやらせてもらって、アナーキーなやり方を確立して、各地、ネイティヴな人たちと関わるようになって。ひとつひとつがJAPANをほんとうの意味で知るためのプレシャスな経験でした。それらを列島のように繋いでいくのが、僕ら旅カラスの存在意義なんだと思います。

    自分の利益だけかっさらっていく輩に旅人の資格はない、といつも思うのです。その街からなにかを受け取るのなら、その街になにかを残していかなければ。たとえ、しこりのようなものだったとしても。

  • なかなかな三月

    3月24日 火曜日 晴れ 

     なかなかな三月だったな、というのが偽らざる感想です。まだ終わってないけど。笑。

     LIFEは紙一重のところで推移していて、一瞬の判断の迷いが運命を分ける。でも、ガーディアン・エンジェルってものも確かに存在していて、日々何を宇宙に放射しているのか。結局、それがいちばんの問題なんだな、と思います。

     てなわけで、故郷から帰ってきました。抜け殻になってともだちの家で爆睡している写真を見て、結局全力かい!と呆れつつ。

  • You’ve got a friend

    3月23日 月曜日 晴れ 

     中学時代のともだちって、えっと、何年前の話?

     半世紀前だよ!笑

     でもね。会えば一瞬でその時に戻る。とってもプレシャスな関係。もう3人が鬼籍に入ったしね。

     もつ鍋に関しては言いたいことが山ほどあるけど、それはまたいずれね。あれはおしゃれな食べ物じゃない。半島から強制的に連れて来られて、炭鉱で働かされた人たち。栄養のあるものを食べさせてたくて、日本人が棄てた臓物を氷水で洗ってオモニたちが食べさせたのが起源。だから、ソウルフードなんだよ。

     福岡市箱崎に、そんなすげーもつを売ってる店があってね。同級生がすべて手はずを整えてくれてオレたちのもつ鍋会。

     楽しかったよ!もう損も得もないからね。みんな元気でいてくれたら、それがいい。

     あとね。横浜セッションに続いて、福岡でもセッションできたらな、と思ってます。

     それから、仕方がないんだけど、公演を延期するということは、バンドにとっては致命的な負荷がかかることでもあるんです。もはや、そういうことやせ我慢することでもないと思います。危機なんだし。すべては残りの公演にたくさんオーディエンスが来てくれれば解決することなのですが、ここはひとつ応援していただけると、ほんとうに嬉しいです。

     僕らはクラウドファウンディングという言葉がないころから「ニューアルバムプロジェクト」みたいなことを先駆けとしてやってきましたが、今回は「HW応援チケット」的なものを作ってみようかとスタッフと話し合っています。生きてるとほんとにいろいろありますが、ここはにゃんとか難局を乗り切って、唯一無二のバンドサウンドを届けたいと思っています。

     応援よろしゅう!

     ライブのアーカイブスって望まれてるのはわかってるけど。八百屋さんがタダで野菜を配らないじゃないですか。それと同じことです。今回はライヴの延期で、みんなをがっかりさせたから、オレができることをやりたかった。で、せっかくチャレンジングなことをやったから、インスタで中継した。

     オレとしては支えてくれているファンに誠実であることが唯一のプロモーションだと思っています。だから、何かが伝わったなら、チケットを買ってライヴに足を運んでくれるとそれがいちばん嬉しいのです。

  • 福岡にて

    3月22日 日曜日 晴れ 

     やってしまったことを後悔しても始まらないんだけど、ずいぶんチャレンジングなことをやっちまったな、とは思います。

     新しい曲たちを曲順通りに演奏するってのはやってみるとぜんぜん簡単じゃなかった。でも、その曲たちの意味があたらめて身に沁みたって意味ではやってよかったな、と。

     協力してくれたみなさん、来てくれた人たち。ほんとうにありがとう。

     でも、思いがけずクルマのことなどで、みんなに心配かけてたこと思い知りました。申し訳ない。そんでもって、喉のこともあってしばらく禁酒してたので、故郷の酒は沁みて、酔っ払って、携帯失くしました。すいません!たぶんどこかから出てくるでしょう。

     関係各位、連絡できずすいません。元気に生きてます。

     ついしん

     ベッドの下で発見しました!笑

     アルバムね。53分だからスタッフに今日のライヴは1時間くらいだよって。楽屋に帰ってきたら1時間50分。なんで、そんなにクドいん?

     なわけでアーカイブスも残しませんでした。ちょっといろいろやりすぎたかな、と反省してます。でもね、ライヴが延期になって、みんなに本当に申し訳ない、と。沖縄とか、東京とか、ほんとうに遠方から来てくれてる人がこんなにいたんだって。なので、やってよかったとは思うんです。でも、ちょっとミステリアスな方がいいと思うんで、インスタライヴ「音楽をどうやって創るか」ってのは未遂のままですが、これで終わりにしようか、とは思っています。

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