自分の足で

3月30日 月曜日 晴れ

昭和初期に自分の足で日本の辺境を旅し、失われてゆく暮らしを書き残し、写真に収めた宮本常一さんの本を読んでいます。

こういうことがやりたかったのかもしれん、と。民俗学。

とかく人は自分のことしか考えない。失われていくものが多すぎる。福岡の街を見ていて特にそう思います。ほんとに市長が酷すぎる。

慎ましく生きる人たちが自然と「循環」の中にいる姿に思うことが山のようにあるのです。

普段、あたりまえのようにiPhoneで写真を撮るようになってしまったけれど。あれだけ写真を撮ることが好きだったのに、写真家を目指したことすらあるのに、ちっともときめかなくなってしまった。

たぶん、その行為は自分にとって写真を撮ることではないのです。SNSのいいねって「どうでもいいね」ってことで、承認欲求が満たされて、消費されて消えていくだけ。

もう一度向き合ってみたくなったのです。

安い広角レンズを買って、モノクロで日々を切り取ってみる。忘れてたことをだんだん思い出してくる。悪くないです。

ハーレーが帰ってきたら。カメラを抱えて、令和の宮本常一になって旅ができたらな、と夢想するのです。

この凄まじいメンツのアルバムを紹介しておきます。僕のアナログ盤には昨日書いた僕らの番組に遊びに来てくれたケヴィン・エアーズのサインが入っています。

 

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自分の足で への3件のコメント

  1. かまを より:

    私は風景目当てで古い邦画をよく見ます。先日見たのは仙台が舞台の1964年の映画でしたが、まだSLが走っていたり家も街並みも言葉も人間も今とまるで違って非常に興味深いものでした。またモノクロゆえに細密で美しい写真でもありました。

  2. alechil より:

    なんという偶然。山に生きる人びと、海に生きる人びとを読み返そうと買ったばかりです。ジョンケイルのお話しも偶然とは思えません。胸にyou make meとペイントした地獄さんがシーーット!と叫んでいたのを覚えています。山口洋の気高さはどこから来るのか?は40年前からの私の命題です。なぜか響かない愛娘にヒートウェイヴ入門カセットをこれから作ろうと思っていたところでもあります。気持ち悪くてすみません。いや、こんな偶然があるのかと。

  3. ハートロッカー より:

    とにかく何でも簡単に手に入る様になってしまった。

    だから簡単に手放す。

    選択が多いと溺れる様な気もするけどなぁ

    山口さんが山を好きなのもプロセスを大事にしてるからなんだろうね。

    しんどいことを楽しむ。

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