Recording day #081、完徹

10月7日 火曜日 曇り

スピーカーの間の住人。なんとか完徹しました。

これから曲順やリリース形態を考えて、その上での微調整はあると思うけれど、ミキシングは終了です。これからは自分の仕事場を出て、歩きながら聞いてみる、とか、デザイナーに投げるとか、マスタリング前の次の段階に入ります。さすがにマスタリングは今回は自分ではやりません。そのくらい他人の血を導入しないと。

予想はしていたけれど、この時代にアルバムを創るってのはなかなかに痺れる作業でした。終わってないけど。バンドのアルバムなのに、孤独な場面が多すぎる。次に創ることがあるなら、炎の一発録りか、リズムまで録れる環境を自分で設立するか。

これまでの経験の蓄積がなければ、完徹するのは難しかったです。とにもかくにも。予算は全盛期の10分の1、それで過去を上回るクオリティーをって。ははは。でも、最初から沈没するつもりで船を出すバカはいないのです。

まぁ、でも、ほんとうに還暦すぎの男をタフに鍛えてくれました。もう一回りタフになったかな。ははは。後進に伝えることがあるなら、たった一言。

「諦めるな!」。

湘南に帰ってきてからの作業で、タイトルも見えてきました。あぶり出しのように。同時にジャケットのアイデアも湧いてきたんだけど、どうやって実現するかが問題。

終わったときに、達成感や充実感って前に、自分の情熱を99%使い果たしてたので、嬉しさより、情熱が足りたっていう安堵の気持ちの方が大きかったです。

若いころ、アルバム制作が終わるとマネージャーに1万円借りて(すぐ失くすので財布を持つべきではない)、安酒場に1人で消え、飲めるだけ飲んで、翌朝、植え込みで自分を発見する、みたいなことが毎回。むろん、もうそんなことはしません。

でも、今日が缶のゴミの日でして。ここは合宿所か!みたいな缶のゴミの量に、オレの肝臓耐えてくれてありがとう!とお礼を言いました。ははは。

ワインセラーにCHABOさんからいただいたワインが入っています。とっても特別な日にいただくんです。手が伸びそうになりましたが、こらえました。今日じゃねーだろ、お前って。

おととい見たツェッペリンの映画のこと、書きませんでしたが、ひとことだけ。酷い。。。

ロバート・プラントの近年の音楽愛がほんとうに素晴らしいのに、ジミー・ペイジの仕事が酷い。なんだか、もやもやしていたので、大好きなアルバム、フィジカル・グラフィティーを爆音で聴いて酔っ払いました。

そこにはすべてがありました。

1979年。高校生のときにノックアウトされたまま。1ミリも変わらない素晴らしさ。なにもあんな映画を見なくても、ここにすべてがある。ジョン・ボーナムは不世出の偉大なドラマー。ドラムだけで白いご飯食べれます。ここにいるジミー・ペイジはほんとうに素晴らしい。このアルバムを聴いて、彼と同じギターが欲しくて、中華料理屋で小麦粉にまみれて働いて、グレコのEGF850スーパーリアルっていう虎目のレスポールを買ったんです。15歳のときに。今や、そのギターはジャパニーズ・ヴィンテージと呼ばれています。あの頃の日本の楽器職人もまた素晴らしかった。

高校生のときにジョン・ボーナムがとつぜん亡くなって。3日くらい落ち込んだのを今でも覚えています。代わりがいないから解散。その潔さも。

その頃、ロバート・プラントの歌にまったく興味はなかったのです。でも、2000年を超えるあたりから、彼の音楽愛、生き方の素晴らしさに気づいた。過去にすがることはまるでなく、いつだって前を向いて、今できる最高の音楽を創り出そうとしていました。ハイトーンがまるで出なくなっても、そんなことは気にしていなかった。

どう生きるかって、たいせつなことです。

生きていくのにカネは必要。でも、それだけじゃないはずで。15歳から61歳になるまで。ツェッペリンは良くも悪くも、僕に生き方を教えてくれるのです。

僕らの音楽のファンは確かに数多くない、かもしれない。でも、彼らの生活に不可欠であるのなら、その彼らに誠実でありたいのです。誠実ってどういうことって聞かれるのなら、いつだって「これだ!」と思う道を歩むことに全力を尽くすこと。間違いだったと気づいたなら、それを認めること。どんな世界だったとしても、そこに生きるための希望を描くこと。

そう思って歩いてきました。

もう無茶な飲酒はやめるときです。笑。

まずは、ありがとう!を伝えたくて、書いた今日のblog。少し、自分を労わってやろうと思います。明日、マネージメントとミーティングをしますが、12/26にライヴは開催することになると思います。(←決定したらお伝えします)このままいけば、そこでアルバムをリリースできると思います。

おつかれ、自分!

 

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Recording day #080

10月6日 月曜日 晴れ 

 初めてクロールで25メートル泳いだ日のこと、覚えてますか?

 息継ぎも完璧じゃなくて、最後の方は面かぶりになりながら、根性で泳ぎきる。そんな感じです。ってわかんないか。ははは。

 もうすぐ向こう岸に手が届きそう。でも、まじ苦しい(笑)。

 ひとつだけ思うのは、音楽は深遠だってこと。どんなに身を削っても、何処にもたどりつかない。たどりついたって実感が1ミリもないまま死んでいくのね。

 えっと、ツェッペリンの映画はこれから観るのを楽しみにしている人がいるので、言及は控えます。

 今、The Whoの「The Kids are Alright」もやっていて、これはヴィデオで穴が開くくらい観たけど、映画館で観たいなぁ。ものすごい悪影響があって、HWがステージでジャンプしまくってたり、腕を振り回してたのは全部この映画の悪い影響です。今じゃ、そんな時代を知る人も少ないけど。僕がバイトしてた自動車教習所で夜中にジャンプやアクションの練習ばかりやってたよ。圭一がどっかからストロボを借りてきて、その動きの練習とか。

 音楽とまったく関係ないやん。

 でも当時(1982年くらい)、あの映画をどうやって観たのか。たぶん海外から流れてきたブートレッグのコピーみたいなやつだったんだと思うなぁ。少なくとも正式には発売されてなかったと思う。ステージアクションを研究するために、テレビは見ないくせに、小さなテレビとベータのヴィデオデッキを持ってた。ネットなんてなかったけれど、それでいろんなものを見て身につけた。いい時代だったなぁ。

 今月はね。ビル・フリーゼルもやってくるのです。黄金のトリオ。これは体験したいけど、行けそうにない。。。

 みんなもね。気になるライヴはぜひ、行ってください。ライヴだけは代替が効かないんです。というのもね。

 90年代の初頭、サンフランシスコでデッドを見る機会があったんです。でも、旅で疲れていて行かなかった。その後しばらくして、ロンドンからの帰りの飛行機でジェリー・ガルシアさんの訃報を聞いたのです。あれは、人生で5本の指に入る数少ない後悔。ガルシアさんの教え。「今という瞬間は今しかない」。

 モーガン・フィッシャーがスウィンギング・ロンドンの時代にジミヘンをパブで1メートルの距離で体験してたって。僕の場合、それは500円で観てたルースターズかな。

 なんだか、とりとめもない記述になったけど。

 息も絶え絶えなんです。それでも更新するオレを褒めてください。

 インスタに投稿しておいたけれど。この国のあらゆる妖怪をフランス人の写真家が記録した写真集、ようやく手元に届きました。以下、抜粋。

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フランス人の写真家、シャルル・フレジェが撮影した日本の土着の実在する妖怪の写真にこころ奪われている。
 
この本ずっと探してた。

魔物、神や霊、様々な境を行き来するものたち。

精霊とも怪物とも亡霊とも違う。東北から沖縄の離島までの魑魅魍魎。

鹿児島から南なんてポリネシアと繋がってんじゃないか、みたいな。

ほんとは豊かな国なんだよなぁ。

このイマジネーション。ほんとに素晴らしい。写真作品だから、ここに載っけるなんて失礼なことできないけど。ぜひ。

はじまりはね、人口89人。トカラ列島にある悪石島のボゼって調べてみて。

むっちゃ会いに行きたい。てか行くと思う。

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 みんなもビビビときたら、検索してみて。

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Recording day #079

10月5日 日曜日 曇り 

 どうしてもうまくいかない曲ってものがある。必ずある。

 曲のコンセプトも、楽曲そのものも、バンドの瞬間をパッケージしたアレンジも、演奏も、なにも間違っていない「はず」なのに、なんだか、しっくりこない。ほとんど完成寸前なのに、パズルのピースが2つくらい見つからない、みたいな。それはね、苦しい。

 あれこれ試して頓挫を繰り返して。絶望的な気分を何度も味わって。

 それでも諦めきれずにチャレンジして、最後のピースが奇蹟的に見つかって逆転サヨナラホームランをかっ飛ばした日に、ほんとに走り出したくなる。笑。

 でも、どうしてもそうならないこともある。精神的便秘。たとえが悪いか。

 今日がまさにその日。

 考えられることはすべて試した。この曲に関してはリズムから録り直してる。でも、なにをやってもうまくいかない。キーの選定を間違えたか、あるいはメンバーの意見を尊重しすぎたか(彼らが悪いのではなく、そんなことはよくある。我を通すのではなく、意見を聞きすぎて、自分が最初に持っていたイメージが完全に崩壊して、それがいい時もあるし、まったく元に戻れず、曲がお亡くなりになることもある。それがバンドというもの)。こうなるとなにが良くないのか、まったくわからない。迷宮入り。これは3年くらい放置しないとわからないな。これがセルフプロデュースのいちばん苦しいところ。

 客観性を完全に失っている状態。これだけ主観と客観を繰り返して鍛えられていても、ときどきこうなる。ははは。

 とっても大事な曲だったから、ボツにすることを決めて、ひどくブルーな気分になる。好きだからこそ、これじゃリリースできない。ソロツアーから、たいせつに育てて、歌って、磨いて完成させた曲だったからね。って。この固執がよくなかったりもする。ある種、いい意味でのテキトーさも必要だったりするからね。

 そんなこんなで、ひとりで繰り返してきた逡巡も、もはや限界に達しているんだと思う。こんなとき、長谷川さんがいてくれたらな、と痛切に思う。ふらっと彼はスタジオにやってきてくれて彼は曲を救ってくれたりする。「灯り」なんてその最たる例で。若い頃もおなじように苦しんでたな。笑。

 このアルバムは7年前に亡くなった長谷川さんの魂と、早朝、この時間にずっと対話を繰り返してきて創ってる。「あなたなら、どうする?」って。なにも応えてくれなくても、そういう存在がオレには必要だった。この机の横には彼の写真が貼ってある。

 なんとか、気分を切り替えようと、午前3時の逡巡。要するに眠れない。散歩でもしてみるか。

 たぶん、これがアルバム制作の最後の山、だな。違うか、最後であってほしい山、かな。ははは。

 こんなときに限って、ライヴだなんだかんだ。やらなきゃいけないことが重なっているもの。苦笑。もう勘弁してくださいと思う。でも、それらを追い風に変えるしか、ないんである。それを愉しめるかどうかにかかってる。先日、同業者がミックスの後半に苦しんでいて、「もう逃げ出したい」って言葉を聞いて、逆に自分がとっても励まされた。もともとそういう自虐的な職業なんである。

 スピーカーの間になんど幻影を見たかな。

 ほんとは昔のジャズみたいに、「ぐっと掴んで、ぱっと投げる」。演奏、録音、以上!みたいなのが正しいはずなんである。逡巡するのはなにかが間違っている。それがわからないのがほんとうに苦しい。

 視点を変えようと、今日はツェッペリンの映画を予約してきた。それが吉と出るか、狂と出るか、当たるも八卦、当たらぬも。笑。

 さぁ、このアルバムを1枚にまとめるべきか、2枚にするべきか。応えはまだ見えない。

 トムとジェリーで、ジェリーにひどい仕打ちをされたトムが野を超え、3つくらい山を越えて、山頂で思いきり叫ぶじゃん?

 そんな気分です。ははは。

 でもね。それがモノを創るってことの意味だと思います。

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トラディション

10月4日 土曜日 曇り

この時代にバンドをやるなんて、よほどのアホか、なにかに取り憑かれたか。笑。どちらにしても絶滅危惧な稀有な人たちであることに変わりはなく。

オレたちの世代にはまだ恩恵があった。莫大な製作費を使って音楽を創ることができた時代もあった。大好きなneveのコンソールに、大好きなヴィンテージのアウトボートを山のように積み上げてレコーディングをしていた。だから、本物のいい音を知っている。録音がアナログからデジタルへ以降していき、コンピュータという色気が1ミリもないところに退化するまで、すべての録音方法を体験してきた。

何度でも書くけれど、この時代に音楽、特にバンドを続けるなんて、なかなかに途方もないことだ。

若者たちとの町のスタジオ(これもなかなかシュールな体験だった)でリハーサルしたとき、スタジオに見慣れないカートのようなものが複数あった。その昔コカコーラの配達の人たちが使っていたような堅牢な車輪を備えたカート。聞けば、彼らはそれに楽器を載せて、全国でライヴをやっているのだと。マジかい?

なんとなく、若干姑息な方法だったにせよ(笑)、何度もオファーをくれたから、この若者(そんなに若くもなかったが、息子たちと呼んでもいい感じではある)たちにはいろんなこと、ちゃんと伝えておきたいと思った。

聞けば、同じ北関東出身のコレクターズの加藤さんが今、プロデュースしているのだと。その手腕が的確で、さすがだな、と思った。オレはその方面(バンドのコンセプチュアルなこととかね)にはまるで才覚がないけど、音に関することだったら、なんでも相談してよ、と思うくらいにいい曲と根性を兼ね備えているバンドだった。

いつだって、若者たちが夢を追いかけられる世界であってほしい。

うーんと。なんとなくレスポールJrだな、と思ったから。ほぼアンプ直で参加した。楽しかったよ。

ありがとう!また、どこかの空の下でな。

 

ところでさ。

知り合いから、SNSのDMにこんな連絡がきた。「〜のアンバサダーに立候補したから投票してください」。ふーん、どうやってやるの?「つきましては電話番号を」。送る。「そこにコードが送られてきますから、スクショして送ってください」。さすがにこのあたりで気づく。

検索。結果。典型的なアカウント乗っ取りの方法。

おまえな。。。。

まぁ、おまえが乗っ取られてるのかもしれんが、そのアンバサダーの内容から言って特殊だから、これはおまえの仕業だろう。

まっすぐ生きろよバカタレ。説教する気にもならんから、即ブロック。おまえはともだちを1人失くした。

えっと、そんなわけで、DMってやつをやめようかなと思うわけです。この時代、簡単に連絡が取れないくらいがちょうどいい。昨日、若者たちに言ったんだけど、オファーに人を使うな、一本釣りで来いって。だいたい、そのくらいの気持ちがないオファーなんて、オファーとは言えないわけで。そのくらいの気持ちがない連絡なら、連絡じゃないわけで。

連絡がある人はオフィシャルなアドレスにどうぞ。

 

 

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空からのメッセージ

10月3日 金曜日 晴れ

松本康さんの写真と一緒に旅をしています。僕のハーモニカが入っているケースの中にそれはあります。だから、いつもステージから見守ってくれています。

松本康さんは故郷にあったJUKE RECORDの店主。僕の音楽の先生みたいな人です。詳しくは書籍「Seize the Day」に書いたので、ぜひ読んでください。blogの読者から「康さんからの天国からのメッセージが届いてますよ」と。彼が僕のことを生前書き残してくれていたんですね。。。。。。

教えてくれて、ありがとう!!

ただの田舎の少年だった僕にとって、康さんは世界に通じるどこでもドアみたいな人でした。音楽を教えてもらい、なけなしのお金で買った外国のレコードの匂いを嗅ぎました。康さんは山口洋にはなにもしてやれなかった、と阿蘇の家まで謝りにきてくれたことがあります。そんなことはないのです。ここに書かれているアンジーに尽力されたみたいに、僕はもうひとつあったボーダーラインというレコード店からお金を出してもらい「MY LIFE」を制作したのです。日本広しといえど、レコード店が製作費を出して、バンドにアルバムを作らせる街なんて、聞いたことがない。

今年、アンジーの水戸くんと久しぶりに会いました。故郷の大好きなイベントで。康さんの話をたくさんしました。オレたちがあのスピリットを受け継いでいかなきゃいけないね、と。

康さんの大親友であった鮎川誠さん。亡くなる前に楽屋で2人きりになったときに「道を切り拓いてくれたことのお礼」を自分の言葉で伝えることができました。「そんなこと言われたことないけん嬉しか」と博多弁で。伝えられてほんとうによかったと思っています。康さんの文章にたくさん登場する伊藤恵美さんは僕がまるで頭が上がらない方でして、かの80’s FACTORYを創られた方です。そのライヴハウスに出るのが少年の夢。でも高校生は出演できなかった。高校を卒業する3月31日に閉店したのです。きっと伊藤恵美さんが持ちきれないくらいの愛情を今も注いでくださるのは、そのこととは無縁ではないと感じています。

彼らがいなければ、と思う恩人がたくさんいるんです。今、アルバムを制作していて、彼らの存在にあらためて感謝しながら作業を続けています。

 

昨日はビートモーターズとリハーサルでした。基本、若い世代からのオファーは断らないことにしています。先達からいろんなことを受け継いできたからです。自分の知っていることだったら、なんでも持っていってほしいと思っています。

失礼ながら、彼らの存在を知りませんでした。演奏した、というよりは彼らの出自を聞いていたのかな。熊谷と名古屋生まれ。そういえば、赤城おろしのような演奏の感じはあるかも。一聴して「ニューラジカルズ」に似てると思ったのです。名前なんだったかな、なんとかアレキサンダーってシンガーだったな。とっても才人なのです。ナイーブすぎて、表に立つ仕事からソングライターに回って、ロッド・スチュアートの曲を書いてたなぁ。ポップで、声と曲が良くて、バンドの演奏がシンプルで、どこか赤城おろし。学校帰りに風が強くて寒かったって、彼らが言ってたけど、その小学生の半ズボン鼻たれフィーリングがちゃんとあるいいバンドです。(←褒めてます)

 

YouTube Preview Image

 

この一抹の垢抜けなさが好きなんす。

彼ら、僕の曲も彼らなりに身体に入れてくれてました。演奏してる連中が20歳以上若いと、なんだかとっても不思議な感じです。金曜日だし、そういうトラディションも見に来てくれたら嬉しいです。

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Recording day #078

10月2日 木曜日 晴れ 

 とある1曲にかかりきりの日。

 そんな日もあります。

 おそらく「動」と「静」の2枚になった場合、「静」の1曲目になりそうな曲ゆえ、とてつもなく繊細さが要求されるのです。最後はフェーダーが0.2dBみたいな動き。僕らの表現で「髪の毛一本」。違いがわかるのか?って、わかります。ここまでくると1dBなんて動かした日にはまるで違う音楽に聞こえます。今日は若者たちとリハーサルなので、行き詰まったら、若者たちの曲を身体に入れるってことに随分助けられました。彼らの曲が痛快だったからです。ライヴやバンドのリハーサルをやると耳の種類が変わってしまって、しばらくフラットに戻らないので、今日中にこの曲だけは仕上げておきたかったのです。

 シンプルな楽曲ゆえ、演奏した際にそこまで人力でダイナミクスが表現できていたら、こんなに苦労しないのです。家でよく聴いている50〜60年代のジャズの名盤なんて、ジャズクラブでおそらくたった2本のマイクで録音されたものが多いんだけど、完璧な演奏、完璧なバランス。要するにミュージシャンの空間認識能力が高いのです。うちのバンドはロックバンドとしては演奏力が最高レベルにあると思うけれど、まだまだ伸びしろはあるってことです。

 どうしてそこまで突き詰めるか、というと。

 聴いている人によって、あまりにも環境が違うからです。正解がないのです。クルマの中で極端なイコライジングで聴いている人もいるし、携帯でしか聴かない人もいる。ある音楽評論家の家に行ったら、スピーカーの配線がLR逆だったことや、逆相(配線の±が逆)だったこともあります。つまり行き着くところは相対的な結論しかないのです。自分が伝えたい音像をいろんな環境で聴いてみて、どんな環境でも「おおかたこのように聴こえるに違いない」って終着点。

 あとはステレオの音像でごまかさないってことかな。モノラルにしてみると聴覚上「強さ」がぐっと増すけれど、ステレオの定位でごまかしていたバランスが見事に露呈します。昔のモノラルミックスって、素晴らしいものが多いです。ツェッペリンの映画、二の足を踏んでるのはシネコンでIMAXで上映されてるからです。スコセッシが創ったストーンズの映画を見て、音にゲンナリしたのです。あれは音の説明をしすぎで、あんなに立体的に音を造られると逆に楽しめない。人間の耳は精巧にできていて、足りないものを補うんです。それゆえ、昔の映画館にあったアルテックのスピーカー(長野のネオンホールにまだある)は一聴すると高音が少ないけれど、耳にはとっても優しいんです。

 って、重箱の隅をつつくようなblogですいません。興味ない人はどうでもいい話。

 今はそんな場所にいるってことです。今日は1日外に出っぱなしなので、精密な世界を離れて「痛快」に生きてみます。ギターも「痛快な」やつ持っていってみよう。笑。

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Recording day #077

10月1日 水曜日 雨

いまさらですが、zoomってやつでうちの有能すぎるスタッフと作業の合間にじゅうぶんに話しました。

このアルバムについて誰かと話したのは「初めて」の経験。彼はもはや、表に出ない4人目のバンドのメンバーで、オレにはない視点がいつもある。いろんなことをオレが丸投げできる唯一の人物。8月の2daysのライヴだって、彼がいなきゃどうにもならなかったし、そもそもプロットを考え、首謀者との間に挟まれながらも、円滑に物事を動かし、ミュージシャンたちをuniteさせ、観客が楽しんでくれ、中空に未来を感じてくれたとするなら、どう考えても、彼がMVP。

あ、あとね。会社組織を死ぬほど嫌うオレがほんとうはやらなきゃいけないことを、すべて代行してくれています。オレは「シャチョー(軽い!)」だけど、実質的な「社長」ではないのです。ほんとうはオレが会社を作んなきゃいけないんです。独立してるんだから。なんで、やらないかって、やったらそこそこできるのもわかってるけど、これ以上なにかに「属したくない」のと、音楽に割く時間がなくなってしまうからです。オレがエンジニアをやらなければ、もっと曲を書く時間がある。でも、建設的に考えて、オレがやる以外にバンドは存続できない。そんな意味で彼の存在は絶大で、ほんとうに感謝しているのです。

それゆえ、堰き止めていた水が流れるように、いろんなことが動きだしたのを感じました。オレが独りで逡巡するのはもうすぐ終わりです。正直、長かった。話すことで、意見を聞くことで、頂がうっすら見えてくる。それが嬉しかったっす。Recording day #077。77日目です。これには曲を書いた日々は含まれないから、ほぼ一年、かな。

音に関しては約半分、フィニッシュしました。ライヴとの兼ね合いを考えつつ、なんとか今週中には完成させたいと。(←希望的観測)

山でももちろん筋トレはしていたんだけど、運動する時間がまるでなく、2キロも太ってました。アーメン。まぁ、あれだけ飲んだらこうなるよね。今日から10月だし、手綱を締め直して歩みます。今年の12月26日にアルバムを届けられるように、その時にはさらにシャープな形でみんなと再会するつもりでごわす。

長々と逡巡だらけのRecording diaryにつきあってくれて、ありがとう。もうすぐ長い旅路から抜けられそうだけど、旅ってね、最後にやらかすものなんですよ。だから、最後まで気は抜きません。

ミックスしていて気づいたのは。

このアルバムはすべて3人のニンゲンがフィジカルに鳴らした音だけでできています。1曲だけどうしても動物の鳴き声が欲しくて、収録したけれど。笑。サンプリングされた音源は一切使っていません。徹底的に人力。ゲストミュージシャンは動物の鳴き声以外、皆無。クリックもコピー&ペーストも皆無。すべての曲は揺れてます。

昨日、激しい1日を終えて、褒美のワインを飲みながら、先日カーネーションの直枝さんが投稿していたリビー・タイタスのアルバムをアナログで聴いてみたのですよ。もうね、なんというか、、、、、今の音楽にはないすべての芳醇さを感じました。1日中音楽にまみれてるのに、夜、音楽に癒されるなんてね。スカスカの音楽の余韻には人を幸福で包む力があるんです。

そこを人力で目指したいと思っています。

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Recording day #076、杞憂

9月30日 火曜日 曇り 

 いやいや。

 山の仕事に向き合うのが、正直怖かった。良くなかったらどうしよう、、、、って。

 杞憂でした。笑。

 左のチャンネルからギターが鳴った瞬間、「あ、大丈夫だ!」と。そりゃ、そうだよね。あそこまで突き詰めて、創ったものがゴミだったら、もはや廃業した方がいい。おそらく、昨日は労働による疲労と(筋肉痛すごい)環境の激変に耳がついていかなかった模様。

 とはいえ、都会でフィニッシュする作戦は精度を高めるためには有効で、山で気づかなかった最後のポイントを整合させて楽曲を仕上げていくことができる。とにかく創った曲がアルバム2枚分あるので、仮想の曲順を考え、その順番に仕上げていくことにした。そうすることで、自分がどこに向かっていたのか、タイトルまで含めてあぶり出しのように、浮かび上がってくる気がしたから。

 初日に5曲フィニッシュした。あと3日あれば全体像が見えるんだけど、ライヴがあるから、時間配分が難しい。この精密作業とライヴは、使っている耳の精度のベクトルがあまりにも違うから、爆音を浴びると数日は精密な作業が不可能になる。まぁ、でもそれは仕方がない。

 今日はマネージメントと重要なミーティングをする予定。いつもはいつもの店で飲みながらってところだけれど、オレにはもうそんな時間はないから、zoom的なやつで。

 でも、ようやく孤独な作業が終わりを迎えてる、とも言える。一人で音楽に向き合うのはそりゃ、幸福だけれど、やっぱり孤独極まる日々のしんどさはあった。情熱と根性だけが自分を支えてた。この前、博多で圭一が連呼してたっけ。「生きるってことは根性だ!」って。あいつの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったけど、オレも半分はそう思う。だから、なんだろう、一緒にバンドをやらなくなっても、オレたちには奇妙な連帯感がある。あいつもいろんなことと闘ってた。でも、柔らかく闘ってた。それがとってもよかった。

 ここから先は有能すぎるスタッフやメンバーに投げかけて、ベストなリリースの方法を探る作業も並行して。

 アルバムってね。宣伝しないと売れないんです。てか、この時代、宣伝しても売れないんです。だから、頭を使わなきゃいけない。でも、たいていそこまでたどり着いたときにはオレが力尽きてるってパターン。苦笑。今回はそんなわけにはいかないのです。あんまりカネの話はしたくないけど、金銭的にも力尽きたら、バンドは続行不能になる。実際、力尽きかけてる。笑。だから、そこをなんとか前向きにくぐり抜けるのです。

 オレたちには経験という財産がある。昔なら、悲壮感に満ちてたと思うけれど。今はそうじゃない。この状況で、音楽にまみれることができる歓びに満ちているというか。完全にアホなんだと思うけれど、危機感を味方にして、この状況だからこそ、産みだすことができるものがあると、僕は信じているのです。愛と夢がなきゃ、ダメだ。

 てなわけで、まだ確約はできないけれど、確実に前に進んでいます。

 あとね、60代になって。

 ほんとうに「生きてる」なぁ、と思うわけです。毎日が愛おしい。日々、全力なんだけど、若い頃のようにがむしゃらに全力なわけじゃない。これまでの経験を頼りに、抜くところは抜いて、時には狡猾に。笑いながら、柔らかく日々を紡いでいく。それが愉しい。相変わらず崖っぷちなのは変わらないけど、その緊張感もね。

 だから、いちばん面白いのはここからだ、とわけもなく思うのです。

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堕落の次は勤勉と失念とやり直し

9月29日 月曜日 晴れ

前日、船の中で堕落を極めたら、翌日は働きアリの日。

自動水やりシステムが機能しすぎて、会わない間に植物たちは表情を変えていました。普段、屋内にいるのに、屋外で太陽光を浴びて、一気にそのポテンシャルを覚醒させた感じ。大きくなりすぎて、家に入らないものが続出したので、一旦すべてをガレージに運び、洗い、サイズを整えて屋内に戻す。書くとこれだけだけれど、なかなかにハードな作業。酷使したクルマ、バイクを洗い、玄関へと続く階段も高圧洗浄、それから山に持っていった機材を運び上げ、セットアップ。その頃には家中汚れたので掃除、洗濯、たまった郵便物の整理、エトセトラ。

馬車馬の如く、陽が落ちるまで働き続けたところでハタと気がついた。今日、おかんの誕生日じゃん。ごめん、完全に忘れてた。あとで花買ってくる!

で、なによりもたいせつな山でミックスしたデータを戻す作業。

戻し終わって聞いたみたんだけど。うーん、オレがまだ都会に順応してないのかもしれないけれど、山と印象が違いすぎる、、、、。山で聞いていいものだけでは、当然ダメなわけでして。どちらで聞いても素晴らしいものでなければね、、、。全体的に詰めの甘さというか、なにか違うな、、、。

なので、まだわかんないけど、やり直しの可能性大かな。

でも、それもまた人生。納得できないものはリリースできない。ひょっとすると大幅なスケジュール遅延が起きるかもしれないけれど、それはそれでやむを得ない。

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堕落を極める

9月28日 日曜日 天候不明

湘南に帰ってきました。

もとより急がない船旅が大好きで、いつもは蚕棚みたいな狭いベッドの中だけがプライベートスペース。でも、映画館、プラネタリウム、食堂、露天風呂、サウナ、ジム、ランニングできるデッキ、エトセトラ。近年に建造された船はほんとうによくできているので、退屈することはありません。むしろ、日頃知らないうちに蓄積してしまったいろんなこころの垢を落とすのには最適。

ただ、今回は家族での移動で、僕がバイクで還るために、家人に機材満載の車を運転してもらっている罪滅ぼしに、割とゴージャス目な個室を予約。これがもうなんというか、移動するするホテル。窓からは海。とってもくつろげます。

ならば、といつも極端なことを思いつくのです。堕落を極めてみよう、と。

21時間の移動中、18時間は惰眠。たまに起きては飲酒、その前に風呂、みたいな。絶妙な揺れが胎内にいるみたいで、また良く眠れるのです。ネットもほぼ繋がらないのが最高。

普段テレビを見ないので、六角さんの「飲み鉄」番組、酔って見ました。好きだなぁ、この番組。

そんなわけで、すっかり元気になって帰ってまいりました。

今日からまた全力で参ります。てか、自動水やりシステムが機能しすぎて、植物たちが巨大化してます。笑。彼らを洗って、家の中へ。まずはそこから始めます。

旅に出るときは、家を気合いを入れて綺麗にして出かけます。帰ってきた頃には家がどうだったのか、完全に忘れてるんだけど、思いのほか綺麗であることに自分が励まされるという意外な効果があるので、オススメします。

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