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山口 洋 全詩集 1987-2013 B6サイズ 272P 特製栞付き ¥2,800THE ROCK'N ROLL DIARY, 2011 3.11〜 陽はまた昇る B6サイズ 176P ¥3,000SPEECHLESS Yamaguchi Hiroshi / Hosomi Sakana
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小鹿田の里にて
10月13日 月曜日 晴れ 正直なところ、オファーを受けたのではなく、オレが「やらせてくれ」と押しかけたような迷惑な話。そんなんアリ?と思いつつも、里の祭りに生の音楽があるといいと思ったのと、これまでさんざんお世話になった恩返しがしたかったのと。首謀者は同級生ゆえ、もうこんな無茶なことお願いできるのも最後かもしれんと思ったのと。 焼き物に触れたことがないファンが、こんな世界があることを知ってくれたなら。 閉じこもり気味だった少年が音楽を聞いて、外に出て、全身で歓びを表現して、オレに握手までしに来てくれた。 それだけでやってよかったと思う。 ほんとうに、たくさんの人の手を煩わせて申し訳なかったと思う。でも、少しでもなにを伝えたかったのか、誰かに伝わっていたなら、嬉しい。 里にいたたくさんの人たちのそれぞれの表情を見ながら、演奏するのは音楽家として、至福の時間だった。 ありがとう!みんな元気でね。
Recording day #085、九州へ
10月12日 日曜日 晴れ 午前中にミキシング。 連休でごったがえす中を飛行機で帰郷。機内でも曲順を考えて聞いてみる。だいぶ、近づいてきた感あり。 レンタカーを借りて、大分山中の「勝手に実家」へ。今日から民陶祭が始まっているので、ファミリーが全員揃っているのを初めて見た。えっと、何人いたのかな?総勢12人か。もちろんオレには大家族の経験がないから、超絶に新鮮。いつも絶滅系の家族だったから。こうやって受け継がれていくDNA。目の当たりにすると、思うことたくさんあるよ。それもこれも「実家」が実家として成り立っているから、還る場所があるわけで。まったく血縁ではないオレまで還らせてもらってるわけで。娘たちもそれぞれの家族を築いていて、とっても感慨深い。孫たちが家を走り回ってるのがオレには映画みたいに見える。 今日はたっぷりこの里に恩返ししたいと思います。ぜひ、来てくださいまし。 ところでね。福岡空港で衝撃的なことがあったから書き記しておきます。 福岡空港、誰が設計したのか知らないけれど、死ぬほど使い勝手がよくない。特に、車に関しては出迎えの車両を一時的に停める場所もない。あったとしても、とても遠い。我々は楽器を持っていたりするので、イベンターも毎回苦労してる。 今回はオレがレンタカーを借りてきて、大荷物の家人をピックアップしようとしたら、VIPについてる目つきの鋭いSPがうじゃうじゃいて、私服警察官も加わって、ハエを追い払うように(ほんとにその態度がひどかった。奴らにしてみれば、職務に忠実なだけだろうけどね)オレは追い払われる。 ほんとにね。マジで久しぶりに頭に血が昇った。結局どこにも停められなくて、人民はどえらい苦労をすることになる。観察してたら、出てきたのはもちろん政治家。黒塗りの高級車であっという間に手厚い警備付きでいなくなる。 胸クソが悪かった。 あのすべての行為にかかる経費が税金だからね。奴らがどこを向いてるのか、よーくわかるよ。オレが政治家だったら、あんなことはすべて拒否する。当たり前じゃん。人民のために働く公僕なんだから。
Recording day #084
10月11日 土曜日 曇り ミキシングに最終的な修正を施しながら、牛歩のように完成に向けて進んでいます。頂はそう遠くないから、ここから先は丁寧に一歩づつ。まさか、こんなに時間がかかるとは思わなかったけど。曲順をフィックスしないと、ベストの流れのミキシングに到達しないのです。なので、無数に考えられる曲順のうち、1日ひとつに限定して、歩きながら通して聞いてみる。そこで問題点と改善点を洗い出して、修正、みたいな。 でっかいヘッドフォンをして、ノートとボールペンを持って近所の川沿い、海沿いを毎日徘徊してる危ない人物。 でも秋の風景と音楽がフィットしたときは嬉しいものです。 どこまでディープな作品にするのか。それとも敢えて、さらっと仕上げるのか。むっちゃ悩んでおります。贅沢な悩みだけどね。曲は2枚分あるわけだから、どれをどう組み合わせて収録するかで、タッチはまるで変わります。逡巡の挙句、まずは最高の一枚を創るべきじゃん、と。 マスタリングは今回巨匠にお願いしているので、その仕事を楽しみにしつつも、オレができる最大のことはやっておきたく。どうしても響きが気に入らなかった楽器は今更、新しく購入。まだまだ諦めません。リリースするまでは。 ヴィジュアルもデザイナー、マネージメントともに共有できている壮大なイメージがあって。それを表現してくれる存在もあっという間に紹介してもらって見つかりそうなのです。あとは、情熱と誠意だね。 閑話休題。 このタイミングでしか観ることができないから、小田原までクルマをかっ飛ばして、The Whoの「The Kids are Alright」を小さな映画館で見ました。 ティーンの頃、ヴィデオを擦り切れるまで観て、激しく影響(悪影響もね)を受けた作品。それは映画館で観ておきたかったのです。 最後にピートがスライディングするシーンではティーンのときと同じ気持ちに。笑。 ただ、もはや映画の中の彼らより、オレの方がよっぽど年上なわけでして、いろいろ思うことはあります。時代もあるし、彼らなりの作戦なんだろうけど、楽器は壊すなよ、とか、キース・ムーンにはもう少し生きてほしかったとか、こんなにデカイ音出してたら、耳やられちゃうよ、とか。 若い世代とやるときは、それだけは伝えておきたい。 オレが未だミキシングなどの精密に耳を使う作業ができるのは、ステージの出音が他のバンドに比べて圧倒的に小さかったからです。ロックバンドとしても小さかったし、モニタースピーカーからはどうしても聞こえないものだけを軽く返してるだけだったのです。それでもドーナル・ラニーのバンドで演奏したとき、その小ささに度肝を抜かれた。 あの頃、爆音を出していた連中はほぼ難聴になっています。 だから、若い連中にはそれだけはね。伝えておきます。老婆心だけど。小さい方がごまかせないから、いい演奏になるんです。表の音もエンジニアがコントロールしやすい。 シネコンが嫌いなのはフルデジタルだからです。この映画も元はアナログなんだけど、リマスターはとうぜんデジタルの領域で行われていて、それがいいところと、そうではないところがある。自分の作品も、デジタルでやっている以上、どうしても拭いきれないデジタル感がある。 なんとかならないかなぁ、と思いながら観てました。ダビングするものに関しては、なにがしかのアナログテープのヘッドを通過させてみようかなぁ、とか。 いろいろ書きましたが、あの爆発的なエネルギーはぜひ体験していただきたく。ちなみに小さな映画館にお客さんは4人でした、、、、。 今日は九州へ飛びます。明日は勝手に実家の庭先でライヴ。坂本工窯は人気なので、いつもほぼ商品は置いてないのですが、今回はたくさん並んでるみたいです。オレも新婚のともだちに買おうと思ってます。交通手段にはくれぐれも気をつけて、ぜひぜひ来てください。無料です!
Recording day #083、リハーサル
10月10日 金曜日 曇り まだまだ修正の日々。 午後から町のスタジオでリハーサル。遠くから来てくれた若きアーティストにお母さんの年齢を尋ねたら、オレとタメ年で、膝から崩れ落ちました。笑。なので、ステージでは娘だと思うことにしました。でもなんというか、生き方に芯がある。それが歌に表れていて、父ちゃん嬉しかったです。
Recording day #082
10月9日 木曜日 曇り スタジオを出て、音楽を戸外に連れ出しました。これ、以外と大事なんです。集中して聞くのではなく、歩きながら聞くことで見えてくるものがあるんです。 うん。まだまだ修正するべき点が山のように。苦笑。これは今月いっぱいかかるな。でもまぁ、見えたからいいんです。 夕方。いつもの店でミーティング。 リリースの形態とタイミング、そしてライヴやツアー。決めました。 さぁ、これからはエンドレスなミキシングと並行して、ジャケットやデザインもなかなかにギリギリなタイミングなので、がんばります。
森羅万象
10月8日 水曜日 曇り いつもよりゆっくりと時間をかけて念入りに掃除をする、とか。座ってゆっくりコーヒーを飲む、とか。そんな行為が楽しかった。 振り返ると、そんな時間の余裕さえなかったんだと気がついた火曜日。次のモードに行くために切り替えの儀式「洗車」も今日は控えた。もういいじゃん、その働きアリみたいな毎日。今日くらい音楽から離れてみよう。 ところで、初めての女性首相になるかもしれないという人物の発言をいくつかネットで見た。 、、、、、、、、。 毎回、毎回、すごいのが出てくるね、と暗澹とする。あの自信に満ちた目が本能的に苦手。この国はいったい何処に向かっていくんだろう、と不安になって、もう少し調べて、ますます暗澹とした。あの目、あの態度がリーダシップだとするのなら、オレは無理、だな。どうしてって、こちらもタダのバカではないし、ダテに60年も生きていない。その眼差しに含まれる志が何処を向いているかくらいわかる。 なんだかな、、、、。 森羅万象。 オレはバイクにも速いクルマにも乗るけれど、森羅万象に畏怖の念を持つ人こそ、リーダーになってほしいとずっと願っている。それらにニンゲンなんて勝ち目がなく、いつだって謙虚であらねばならないと思っている人に。 もはや、欲や得ではないってことに。 今年、いくつかの旅がある。 今週末、大分の小鹿田焼の里でライヴをする。これは頼まれたというより、この里にさんざんお世話になった恩返しをしたかったから。ここはエレクトリックな力を一切使わずに焼き物を創る。山から土を運び、水の力でそれを砕き、粘土にして、陶器を作り、灰の釉をかけ、近所の山の薪で登り窯を焚く。300年変わらないのだ。親から子に受け継がれてきた。バーナード・リーチや柳宗悦が愛した里。 ここはオレにとって森羅万象のひとつ。ライヴ、無料です! それから、まだちゃんとアナウンスしていないけれど。 屋久島でライヴをやることに。たぶん、呼ばれたんだと思う。 知れば知るほど、この島は興味深い。適当な知識を詰め込むより、全身で感じてみるのがいいと思う。まさに森羅万象。その島に伝わる「まつばんだ」という歌のストーリーを夢中になって読んだ。まさにソングライン。何度聞いても、その旋律を覚えられない。沖縄の音階のようでいて、そうではない。 オレもまた屋久島のビギナー。興味がある人はこの機会にぜひ。近いうちにアナウンスするけど、日程は11/23。 うちのweb担当(2000年になる前から、ずっと彼が担当してくれてるんです)のYくんが、人生で初めて入院手術をしてる最中なんです。彼もまたHWのたいせつな仲間。ぜひぜひ声援を送ってあげてください。帰ってきたら、復帰初仕事としてアップしてもらいます。 もうひとつ。11月に輪島に行けそうなんです。演奏しに。ずっと気になってたから、音楽家として行けることが嬉しい。詳細がわかったらお伝えします。 オーストラリアに伝わる「ソングライン」って知ってますか? ソングラインって祖先との対話なんです。道に迷わないために、自分が何者か忘れないために歌を通じて対話するんです。 どうしてミュージシャンになったのか?どうして、ちょっと考えられないような経験(よくも悪くも)ばかりするのか?でもピンチのときには必ずシャーマンのような人が助けに来るのか? その理由が最近よくわかります。役目のない人なんかいないんです。物質主義の世界に暮らしていると、それが見えなくなる。感覚も鈍る。僕が思う、それぞれの役目をそれぞれがまっとうしたなら、世界はこんなことにはならない。もっと、思いやりに溢れた優しい世界になるはずなんです。 考えてみてください。自分のことだけでなく、循環する大きな円環のどこに自分が位置していて、どんな志を持って、どんな行動をすれば、より大きな円環を描くことができるのか。 辿りつくためのヒントは。 どう死にたいかってことです。それがわかれば、どう生きるかって、ことが自然と見えてくる。僕は「ありがとう!」と言って死にたい。それが見えた日から、生きる根本のところでの悩みはありません。 死ぬってことは誰もが一度だけ経験するプレシャスなこと。NO FEARだと思うのです。それもまた森羅万象のひとつだと思っています。
Recording day #081、完徹
10月7日 火曜日 曇り スピーカーの間の住人。なんとか完徹しました。 これから曲順やリリース形態を考えて、その上での微調整はあると思うけれど、ミキシングは終了です。これからは自分の仕事場を出て、歩きながら聞いてみる、とか、デザイナーに投げるとか、マスタリング前の次の段階に入ります。さすがにマスタリングは今回は自分ではやりません。そのくらい他人の血を導入しないと。 予想はしていたけれど、この時代にアルバムを創るってのはなかなかに痺れる作業でした。終わってないけど。バンドのアルバムなのに、孤独な場面が多すぎる。次に創ることがあるなら、炎の一発録りか、リズムまで録れる環境を自分で設立するか。 これまでの経験の蓄積がなければ、完徹するのは難しかったです。とにもかくにも。予算は全盛期の10分の1、それで過去を上回るクオリティーをって。ははは。でも、最初から沈没するつもりで船を出すバカはいないのです。 まぁ、でも、ほんとうに還暦すぎの男をタフに鍛えてくれました。もう一回りタフになったかな。ははは。後進に伝えることがあるなら、たった一言。 「諦めるな!」。 湘南に帰ってきてからの作業で、タイトルも見えてきました。あぶり出しのように。同時にジャケットのアイデアも湧いてきたんだけど、どうやって実現するかが問題。 終わったときに、達成感や充実感って前に、自分の情熱を99%使い果たしてたので、嬉しさより、情熱が足りたっていう安堵の気持ちの方が大きかったです。 若いころ、アルバム制作が終わるとマネージャーに1万円借りて(すぐ失くすので財布を持つべきではない)、安酒場に1人で消え、飲めるだけ飲んで、翌朝、植え込みで自分を発見する、みたいなことが毎回。むろん、もうそんなことはしません。 でも、今日が缶のゴミの日でして。ここは合宿所か!みたいな缶のゴミの量に、オレの肝臓耐えてくれてありがとう!とお礼を言いました。ははは。 ワインセラーにCHABOさんからいただいたワインが入っています。とっても特別な日にいただくんです。手が伸びそうになりましたが、こらえました。今日じゃねーだろ、お前って。 おととい見たツェッペリンの映画のこと、書きませんでしたが、ひとことだけ。酷い。。。 ロバート・プラントの近年の音楽愛がほんとうに素晴らしいのに、ジミー・ペイジの仕事が酷い。なんだか、もやもやしていたので、大好きなアルバム、フィジカル・グラフィティーを爆音で聴いて酔っ払いました。 そこにはすべてがありました。 1979年。高校生のときにノックアウトされたまま。1ミリも変わらない素晴らしさ。なにもあんな映画を見なくても、ここにすべてがある。ジョン・ボーナムは不世出の偉大なドラマー。ドラムだけで白いご飯食べれます。ここにいるジミー・ペイジはほんとうに素晴らしい。このアルバムを聴いて、彼と同じギターが欲しくて、中華料理屋で小麦粉にまみれて働いて、グレコのEGF850スーパーリアルっていう虎目のレスポールを買ったんです。15歳のときに。今や、そのギターはジャパニーズ・ヴィンテージと呼ばれています。あの頃の日本の楽器職人もまた素晴らしかった。 高校生のときにジョン・ボーナムがとつぜん亡くなって。3日くらい落ち込んだのを今でも覚えています。代わりがいないから解散。その潔さも。 その頃、ロバート・プラントの歌にまったく興味はなかったのです。でも、2000年を超えるあたりから、彼の音楽愛、生き方の素晴らしさに気づいた。過去にすがることはまるでなく、いつだって前を向いて、今できる最高の音楽を創り出そうとしていました。ハイトーンがまるで出なくなっても、そんなことは気にしていなかった。 どう生きるかって、たいせつなことです。 生きていくのにカネは必要。でも、それだけじゃないはずで。15歳から61歳になるまで。ツェッペリンは良くも悪くも、僕に生き方を教えてくれるのです。 僕らの音楽のファンは確かに数多くない、かもしれない。でも、彼らの生活に不可欠であるのなら、その彼らに誠実でありたいのです。誠実ってどういうことって聞かれるのなら、いつだって「これだ!」と思う道を歩むことに全力を尽くすこと。間違いだったと気づいたなら、それを認めること。どんな世界だったとしても、そこに生きるための希望を描くこと。 そう思って歩いてきました。 もう無茶な飲酒はやめるときです。笑。 まずは、ありがとう!を伝えたくて、書いた今日のblog。少し、自分を労わってやろうと思います。明日、マネージメントとミーティングをしますが、12/26にライヴは開催することになると思います。(←決定したらお伝えします)このままいけば、そこでアルバムをリリースできると思います。 おつかれ、自分!
Recording day #080
10月6日 月曜日 晴れ 初めてクロールで25メートル泳いだ日のこと、覚えてますか? 息継ぎも完璧じゃなくて、最後の方は面かぶりになりながら、根性で泳ぎきる。そんな感じです。ってわかんないか。ははは。 もうすぐ向こう岸に手が届きそう。でも、まじ苦しい(笑)。 ひとつだけ思うのは、音楽は深遠だってこと。どんなに身を削っても、何処にもたどりつかない。たどりついたって実感が1ミリもないまま死んでいくのね。 えっと、ツェッペリンの映画はこれから観るのを楽しみにしている人がいるので、言及は控えます。 今、The Whoの「The Kids are Alright」もやっていて、これはヴィデオで穴が開くくらい観たけど、映画館で観たいなぁ。ものすごい悪影響があって、HWがステージでジャンプしまくってたり、腕を振り回してたのは全部この映画の悪い影響です。今じゃ、そんな時代を知る人も少ないけど。僕がバイトしてた自動車教習所で夜中にジャンプやアクションの練習ばかりやってたよ。圭一がどっかからストロボを借りてきて、その動きの練習とか。 音楽とまったく関係ないやん。 でも当時(1982年くらい)、あの映画をどうやって観たのか。たぶん海外から流れてきたブートレッグのコピーみたいなやつだったんだと思うなぁ。少なくとも正式には発売されてなかったと思う。ステージアクションを研究するために、テレビは見ないくせに、小さなテレビとベータのヴィデオデッキを持ってた。ネットなんてなかったけれど、それでいろんなものを見て身につけた。いい時代だったなぁ。 今月はね。ビル・フリーゼルもやってくるのです。黄金のトリオ。これは体験したいけど、行けそうにない。。。 みんなもね。気になるライヴはぜひ、行ってください。ライヴだけは代替が効かないんです。というのもね。 90年代の初頭、サンフランシスコでデッドを見る機会があったんです。でも、旅で疲れていて行かなかった。その後しばらくして、ロンドンからの帰りの飛行機でジェリー・ガルシアさんの訃報を聞いたのです。あれは、人生で5本の指に入る数少ない後悔。ガルシアさんの教え。「今という瞬間は今しかない」。 モーガン・フィッシャーがスウィンギング・ロンドンの時代にジミヘンをパブで1メートルの距離で体験してたって。僕の場合、それは500円で観てたルースターズかな。 なんだか、とりとめもない記述になったけど。 息も絶え絶えなんです。それでも更新するオレを褒めてください。 インスタに投稿しておいたけれど。この国のあらゆる妖怪をフランス人の写真家が記録した写真集、ようやく手元に届きました。以下、抜粋。 ———— フランス人の写真家、シャルル・フレジェが撮影した日本の土着の実在する妖怪の写真にこころ奪われている。 この本ずっと探してた。 魔物、神や霊、様々な境を行き来するものたち。 精霊とも怪物とも亡霊とも違う。東北から沖縄の離島までの魑魅魍魎。 鹿児島から南なんてポリネシアと繋がってんじゃないか、みたいな。 ほんとは豊かな国なんだよなぁ。 このイマジネーション。ほんとに素晴らしい。写真作品だから、ここに載っけるなんて失礼なことできないけど。ぜひ。 はじまりはね、人口89人。トカラ列島にある悪石島のボゼって調べてみて。 むっちゃ会いに行きたい。てか行くと思う。 ————– みんなもビビビときたら、検索してみて。
Recording day #079
10月5日 日曜日 曇り どうしてもうまくいかない曲ってものがある。必ずある。 曲のコンセプトも、楽曲そのものも、バンドの瞬間をパッケージしたアレンジも、演奏も、なにも間違っていない「はず」なのに、なんだか、しっくりこない。ほとんど完成寸前なのに、パズルのピースが2つくらい見つからない、みたいな。それはね、苦しい。 あれこれ試して頓挫を繰り返して。絶望的な気分を何度も味わって。 それでも諦めきれずにチャレンジして、最後のピースが奇蹟的に見つかって逆転サヨナラホームランをかっ飛ばした日に、ほんとに走り出したくなる。笑。 でも、どうしてもそうならないこともある。精神的便秘。たとえが悪いか。 今日がまさにその日。 考えられることはすべて試した。この曲に関してはリズムから録り直してる。でも、なにをやってもうまくいかない。キーの選定を間違えたか、あるいはメンバーの意見を尊重しすぎたか(彼らが悪いのではなく、そんなことはよくある。我を通すのではなく、意見を聞きすぎて、自分が最初に持っていたイメージが完全に崩壊して、それがいい時もあるし、まったく元に戻れず、曲がお亡くなりになることもある。それがバンドというもの)。こうなるとなにが良くないのか、まったくわからない。迷宮入り。これは3年くらい放置しないとわからないな。これがセルフプロデュースのいちばん苦しいところ。 客観性を完全に失っている状態。これだけ主観と客観を繰り返して鍛えられていても、ときどきこうなる。ははは。 とっても大事な曲だったから、ボツにすることを決めて、ひどくブルーな気分になる。好きだからこそ、これじゃリリースできない。ソロツアーから、たいせつに育てて、歌って、磨いて完成させた曲だったからね。って。この固執がよくなかったりもする。ある種、いい意味でのテキトーさも必要だったりするからね。 そんなこんなで、ひとりで繰り返してきた逡巡も、もはや限界に達しているんだと思う。こんなとき、長谷川さんがいてくれたらな、と痛切に思う。ふらっと彼はスタジオにやってきてくれて彼は曲を救ってくれたりする。「灯り」なんてその最たる例で。若い頃もおなじように苦しんでたな。笑。 このアルバムは7年前に亡くなった長谷川さんの魂と、早朝、この時間にずっと対話を繰り返してきて創ってる。「あなたなら、どうする?」って。なにも応えてくれなくても、そういう存在がオレには必要だった。この机の横には彼の写真が貼ってある。 なんとか、気分を切り替えようと、午前3時の逡巡。要するに眠れない。散歩でもしてみるか。 たぶん、これがアルバム制作の最後の山、だな。違うか、最後であってほしい山、かな。ははは。 こんなときに限って、ライヴだなんだかんだ。やらなきゃいけないことが重なっているもの。苦笑。もう勘弁してくださいと思う。でも、それらを追い風に変えるしか、ないんである。それを愉しめるかどうかにかかってる。先日、同業者がミックスの後半に苦しんでいて、「もう逃げ出したい」って言葉を聞いて、逆に自分がとっても励まされた。もともとそういう自虐的な職業なんである。 スピーカーの間になんど幻影を見たかな。 ほんとは昔のジャズみたいに、「ぐっと掴んで、ぱっと投げる」。演奏、録音、以上!みたいなのが正しいはずなんである。逡巡するのはなにかが間違っている。それがわからないのがほんとうに苦しい。 視点を変えようと、今日はツェッペリンの映画を予約してきた。それが吉と出るか、狂と出るか、当たるも八卦、当たらぬも。笑。 さぁ、このアルバムを1枚にまとめるべきか、2枚にするべきか。応えはまだ見えない。 トムとジェリーで、ジェリーにひどい仕打ちをされたトムが野を超え、3つくらい山を越えて、山頂で思いきり叫ぶじゃん? そんな気分です。ははは。 でもね。それがモノを創るってことの意味だと思います。
トラディション
10月4日 土曜日 曇り この時代にバンドをやるなんて、よほどのアホか、なにかに取り憑かれたか。笑。どちらにしても絶滅危惧な稀有な人たちであることに変わりはなく。 オレたちの世代にはまだ恩恵があった。莫大な製作費を使って音楽を創ることができた時代もあった。大好きなneveのコンソールに、大好きなヴィンテージのアウトボートを山のように積み上げてレコーディングをしていた。だから、本物のいい音を知っている。録音がアナログからデジタルへ以降していき、コンピュータという色気が1ミリもないところに退化するまで、すべての録音方法を体験してきた。 何度でも書くけれど、この時代に音楽、特にバンドを続けるなんて、なかなかに途方もないことだ。 若者たちとの町のスタジオ(これもなかなかシュールな体験だった)でリハーサルしたとき、スタジオに見慣れないカートのようなものが複数あった。その昔コカコーラの配達の人たちが使っていたような堅牢な車輪を備えたカート。聞けば、彼らはそれに楽器を載せて、全国でライヴをやっているのだと。マジかい? なんとなく、若干姑息な方法だったにせよ(笑)、何度もオファーをくれたから、この若者(そんなに若くもなかったが、息子たちと呼んでもいい感じではある)たちにはいろんなこと、ちゃんと伝えておきたいと思った。 聞けば、同じ北関東出身のコレクターズの加藤さんが今、プロデュースしているのだと。その手腕が的確で、さすがだな、と思った。オレはその方面(バンドのコンセプチュアルなこととかね)にはまるで才覚がないけど、音に関することだったら、なんでも相談してよ、と思うくらいにいい曲と根性を兼ね備えているバンドだった。 いつだって、若者たちが夢を追いかけられる世界であってほしい。 うーんと。なんとなくレスポールJrだな、と思ったから。ほぼアンプ直で参加した。楽しかったよ。 ありがとう!また、どこかの空の下でな。 ところでさ。 知り合いから、SNSのDMにこんな連絡がきた。「〜のアンバサダーに立候補したから投票してください」。ふーん、どうやってやるの?「つきましては電話番号を」。送る。「そこにコードが送られてきますから、スクショして送ってください」。さすがにこのあたりで気づく。 検索。結果。典型的なアカウント乗っ取りの方法。 おまえな。。。。 まぁ、おまえが乗っ取られてるのかもしれんが、そのアンバサダーの内容から言って特殊だから、これはおまえの仕業だろう。 まっすぐ生きろよバカタレ。説教する気にもならんから、即ブロック。おまえはともだちを1人失くした。 えっと、そんなわけで、DMってやつをやめようかなと思うわけです。この時代、簡単に連絡が取れないくらいがちょうどいい。昨日、若者たちに言ったんだけど、オファーに人を使うな、一本釣りで来いって。だいたい、そのくらいの気持ちがないオファーなんて、オファーとは言えないわけで。そのくらいの気持ちがない連絡なら、連絡じゃないわけで。 連絡がある人はオフィシャルなアドレスにどうぞ。