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お知らせいくつか

11月13日 木曜日 雨 能登から弾丸で帰ってきました。寒風に吹かれ続けたので芯まで冷えました。それよりも、大都会、金沢の眩しい夜とのコントラストが骨身にこたえました。こういうときは静かに自分の身体にエネルギーが満ちるのを感じて、自分がやるべきことをやるだけなのです。 でもいくつかの出会いがあって、彼らにまた会いに行くってだけで、それは旅のじゅうぶんな理由です。 輪島塗の職人さんの作品、実物はNYにあるんだそうです。リンクを送ってもらって、見て驚愕。こんな素晴らしいものがあの町で創られてるなんてね。魚屋くんの魚もぜひいただいてみたい。   そんな出会いがあったからか。子供の頃の夢を見ました。久留米の高良大社に続く長い階段の途中のでっかい家に、じじばばと暮らしてたんです。九州自動車道の下敷きになることになって、福岡に引っ越したんだけど。その家での暮らしが僕の最古の記憶。   山伏や虚無僧が階段を登ってくるのです。じじばばに小銭をもらって、虚無僧に渡すと尺八を吹いてくれる。これはほんとうの話なんだけど、今朝、夢で追体験しました。ずーーーーーーーーーーーーーっと、たぶん60年ちかく忘れた風景。能登のおかげで記憶が呼び覚まされたんですね。 すべての人が持っている故郷の記憶。それって、実はとってもたいせつなことなんだと思うのです。   金沢の街はあんなに素晴らしいのに、開発されペカペカしていて、金沢よ、お前もか、と。僕の故郷、福岡はとんでもなく酷い。旧くていいものは根絶やしです。市長がクソすぎるのが大きな理由です。あいつは100年後のことなんて、1ミリも考えちゃいない。いつか面と向かって恥を知れ!と言います。東京も日本もしかり。ヨーロッパなんて、200年前と風景、そんなに変わらない。NYだってそうです。ペカペカシティーを造りたがるのは、まぁ、地震があるからってのはあるにせよ、アジア人の特質なのかもね。そしてああいう首長を選んだのは人民なんだしさ。アーメン。   能登によって呼び覚まされた僕の原風景は3代前からの記憶なんです。じじに猫可愛がりされた感触を未だに覚えています。あの階段と尺八の響きとともに。 輪島塗に込められた宇宙を感じるだけで、どれだけ豊かな、継承されてきた文化かってことがわかるでしょ?雨が降らない日は年間30日だけだと。それゆえ漆器に適してるんだそうです。   自分にできることをやります。それを続けます。それだけです。   さて。ジャケットが出来ました。もうすぐ公開するので、楽しみにしていてください。この作品にはNO REGRETS社の未来がかかっています。なので、宣伝に協力していただけると嬉しいです。   それからPaul Brady、ソルードアウトになりました。ありがとう!! 最後にPaulがモイヤ・ブレナンやグレン・ハザード、アルタンのモレートさんと一緒にDonegalで「The homes of Donegal」を歌っている貴重な映像を貼っておきます。このリオズ・タバーンというドニゴールのグィードゥにあるパブはENYAのお父さんの店なんです。 たまんないっすね。この光景。最後に彼が連呼してるのはDonegalの小さな町や島の名前です。僕が愛してやまない場所です。帰りたい。          

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能登、輪島にて

11月12日 火曜日 曇り 朝イチの便。どう考えても羽田まで満員電車に揺られるしかない。江ノ電、JR、京急、蒲田からの京急。超絶満員電車4回。これが地獄じゃなくて、なんなのか?リュックを前に抱いて(これがルールらしい)ただなすがままに押しくら饅頭を繰りひろげるのみ。辛い。辛すぎる。でも、これを毎日やってる人々はほんとうにすごい。オレはたった1日だけど無理。無関心を装うこともできないし、女性の身体に意図せず強制的に触れるのも嫌だし、でもどーにもなんないっつーの。満員電車のピークって、人々は携帯を見る余裕すらないってことを初めて知った。 とりあえず、スーツケースなんて持ってこなくてよかった。笑。 のと里山空港まで一気に飛んだ。その近さに驚く。だって、去年金沢から能登半島に行ったとき、道路がひどい状況だったってのもあるけれど、軽く6時間くらいはかかった気がするけど、東京から空を飛んでいたのは40分くらいだったと思う。ここで脳が確実にバグる。やっぱりオレはバイクで旅をするべきなんだ、と。なんだか、急激にワープした感が否めない。機内は思っていたより客がいるけれど、たぶん公的な立場の人々が多い印象。まぁ、時期的にそうだろうが、自分の金で乗っている割合は極めて少なそう。でも能登の復興のためにはこの空港はマストで存続した方がいいと思う。 なぜ、里山と言われるのか。上空に来て納得。俯瞰しないとわからないことがある。見事なまでに赤く染まった里山が連なっている。その地形は日本広しと言えど、ここだけの光景。それゆえ、道が寸断されると、復旧が困難になっているのだと思う。 半島はぱっと見たところ、壊れた家々の撤去はかなり進んでいた。それゆえ、写真で伝えるのは難しい。言い方はどうかと思うが、フォトジェニックではないのだ。だから一回もシャッターを切らなかった。完膚なきまでに焼け落ちていて、前回衝撃を受けた朝市の跡に行ってみても、今や広大な空き地にしか見えないのだから、伝えるのは難しい。 そんな意味では物理的復旧は進んでいるように見える。仮設住宅も福島とは違う、もっと進化したもの(プレハブではなく、もっと家らしいもの)が建っているのも見たし、震災、火事、そして水害の跡も駆け抜ける旅人が見つけるのは難しい。 ただ、決定的なのは。時間帯もあるだろうけれど、若者そして子供がいないこと。 結局、帰るまで一人も会わなかった。これは異常だと思う。 聞けば、保育園や小学校が機能しないから。親は仕事を求めて。都会に移住するしかなくなる。(←かなり大雑把に書いてるけど)勢い、若者がいなくなる。つまり町に未来を見出すのは難しい。 由々しき事態だと思う。じゃぁ、どうしたらいいのか。金沢のホテルに帰ってきても、ずっと考えているけれど、まるで光が見出せない。 どうして能登に行ったのかって。オレは自由業だから。自分の仕事の節目がついたから。自費ででかけて、自分の目で見たことを伝えることができるから。無論、オレが正しいなんてことはありえないから、オレのバイアスはかかってるけれど。少なくともオレは記者じゃないタダの人だから。損得じゃない目で見ることができるから。 音楽がようやく鳴らせると思って行ったけれど、正直、それはあまりお呼びではなかった。笑。強力に寒かったし、じじばばは焼肉に夢中で、音楽は焼肉に完敗。笑。でも、そんなことはどうでもいい。ただ、阿蘇で焚き火部をやっていたから、BBQコンロに火をつけるボランティアの皆さんの手際が悪すぎて(すいません)、オレはそこで活躍した。見たか、九州魂。笑。極力荷物を減らしていったので、替えの洋服がないから、スモークされたまま帰るのは辛いけれど、未だ仮設住宅にいるじじばばを思えば、嬉しい名残とも言えるだろう。 MY LIFE IS MY MESSAGEが来年で15年を迎えるにあたって、解体していいのではないかと思っていたけれど、ちょっと待て、と思った。機能していたボランティアセンターも次々に解体されていると聞いた。きっと、そこの人たちは達成感などなく、やるせなさの中で忸怩たる想いの中での撤退なのではないか、と想像する。 自分ひとりになにができる?と人は言う。オレもそう思うことがよくあるけれど。だから、自分の目で見たことを知らなかったと言って、自分だけのほほんとぬくぬくと暮らすことができるのか? オレは嫌だ。 苦しんでいる人がいるなら、思いやればいいじゃないか。そう感じて、遠くからやってきてくれた人が数人いた。地元の人たちともゆっくり話すことができた。輪島塗りの職人さん、魚屋さん。彼らの日々に音楽が流れていることを知った。「新しいアルバム、楽しみにしています!」。彼らにそう言われたら、頑張らないって人生はない。彼が創ったもの(工芸品だけど)を使ってみたい。彼が勧める魚をいただいてみたい。 能登はね。豊かな幸がある。オレの行きつけの飲み屋も能登の塩を使ってる。酒蔵だってある。温泉もある。人情もある。そういうことを伝えていくことはできる。 また演奏にし来るね。って言ったら、演奏できる場所がありません。って。そんなのどこでもいいよ。誰かの家だって。寒くさえなかったら、ちゃんと歌は歌える。 また戻ってくるから。次はバイクか車で。 みんなも、旅に出るなら能登へって選択肢も増やしてみてほしい。輪島はおそらく復興の枠で一部屋も空いてなかったけど。それもまた旅じゃん。魚屋さんがうちに泊まってくださいって。ほんとに泊まるからね。笑。 魚屋くんと歌った「満月の夕」嬉しかったな。広めてくれたブラフマンに感謝しなきゃ。彼が嬉しそうにこの町に来たTOSHI-LOWとの2ショットを見せてくれたよ。 そうそう昨日、本「Seize the Day」の「満月の夕」に書いた人物から何十年ぶりに連絡があった。(それが誰かなんて邪推はしないこと)ブラフマンを幕張で見たんだって。で、「満月の夕」を聴いて、とってもいい歌だって。いやいや、あなたのおかげで書けたんだよ。オレにとっては。そういうこと書き残しておいてよかった。誰が書いたなんて、本質的にはどうでもいいんだけど、一方的に誰かの曲にされてしまうのは不愉快だからね。 つまりはそんなことが30年の月日をかけて循環する日だったんだね。 傷ついてる人がいたら、自分のこととして、当たり前のように思いやることができる世界になることを夢見て、行動して、死ぬのが人生だとオレは思うよ。 今朝、これを書きながら、金沢のホテルで朝食を食べてた。あまりにも自分のことしか考えない大人が多くてげんなりする。子供が見てるんだよ、あんたのその後ろ姿をさ。 ひとつだけ伝えておきたいのは。見返りを求めることなく、誰かのことを考えて行動したなら、自分がピンチのときには誰かが助けに来てくれる。それを期待するのはまったく間違ってるけど、かならずそうなる。それを「引き寄せの法則」なんて言って、その手の本が売れるらしいけど、その本を買った時点で引き寄せられないんだよ。 無欲であること。そこに人々が向かっていったなら、こんな世界になるわけないじゃん。そう思わない? またみんな元気で会おうな!   本日のPaul Brady。数ある名曲の中でも特別に好き。以前、一緒に演奏したときにこの曲が好きすぎて嬉々として演奏してたら、Paulが「ヒロシ、これは悲劇の曲なんだ」って。そうだよね。すいません。映像見てたら、ウォリス・バードがコーラスで映ってた。彼女もまたとんでもない才能で、そう言えばオレんちに来て歌ってくれたことがあるのを思い出したから、貼っておくね。彼女が手にしてるのは小鹿田焼です。笑。     … 続きを読む

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輪島へ

11月11日 火曜日 晴れ さて。朝イチの便で輪島に参ります。行きは飛行機、帰りは新幹線という変則的な旅程ゆえ、空港にクルマやバイクを置いていけないので、たぶん満員電車に揺られてる恐怖に怯えております。こういうとき、以前はバスって手があったんだけど、ドライバー不足で去年廃止されて、困っています。とてもじゃないけど、楽器を持てるような状況ではないので、宅急便で送って、荷物はリュックのみ。 でもやっと音楽を届けにいくことができて嬉しいです。本日、12時30分から14時30分まで。炊き出しとBBQと僕のライヴ。入場無料、予約も不要です。輪島市マリンタウンにね。あたたかい格好で来て、楽しんでください。わたくし、2ステージと聞いておりますが、セットリストかぶらないようにお届けしますよ。 町の人とたくさん話をしたいので、気軽に声をかけてください! 前回の投稿はこちら。 前編、後編   さいきん、Paul Bradyの曲をずっと聴いてるんですが、聴いていないときも、頭の中で彼のメロディーがずっと鳴るんです。そのことによって、書かれた歌の内容を深く知る。すごい才能だと思います。この映像のオーディエンスの表情。それぞれが彼の歌の世界に沈殿しています。 Nobody Knows    

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DonegalとPaul Brady

11月10日 月曜日 晴れ これからときどきPaul Bradyのこと書きます。 Paulも78歳、とってもお元気ですが、前の来日が10年以上前だから、次はいつになるかわかりません。歌う人も、そうでもない人もぜひぜひ体験していただきたく。 あと少しだけチケットが残っているそうです。 今回は出会いから。 90年初頭からNYでの居候を繰り返して、92〜3年あたり、僕はNYからアイルランドに渡ります。クルマを借りて、何度も何度もアイルランド中を旅しました。しつこいのです。笑。そしてついにDonegalに辿りつきました。「ここだ!」と私の直感が申したのです。DonegalといってもDonegal Townではありません。グィードゥ、あるいはロシィーズと言われる、ゲールタハトと言われた、まだおじいさん、おばあさんは英語が話せない人がいるとってもディープなエリアでした。 自分が好きだったロックンロールの源流はここだったんだ、と。そこに腰を据えて、人々と音楽と酒を通じてリレーションを深めていくことになります。 そのエリアの誰もが歌える「The Homes of Donegal」って歌がありまして、小さな村のレコード屋(といっても駄菓子屋みたいな)でPaulのカセットを買ったんです。僕のような流れ者を受け入れる歌でした。深い深い感銘を受けたのです。Paulのことは知っていたけど、日本ではAORの人みたいに思われていて「ロマンチック・ダンディー」みたいなひどいコピーだったか、タイトルだったか付けられていたような。でも、一聴して、この人はとんでもない才能を持っていることがわかりました。そして、たぶん気難しい。笑。 のちに知ったことですが、PaulはストラベーンというDonegalと北アイルランドの国境の町の出身です。そこを何度も通過したことがあるんだけれど、当時はIRAとの抗争が続いていて、マシンガンを持った兵士が立っているような町でした。彼がとってもインテリで、トラッドにも造詣が深く、その町で育ったこと。いろんなことを感じたんだけど、まぁ、とにかく彼の歌にビビビ!ときたのです。 僕はDonegalにたくさんともだちができて、ゲール語のラジオ番組に出たりするようになりました。英語は一切禁止なのです。なので、MCはゲール語、僕は博多弁みたいな。笑。そこでもちろんポケットから自分の歌や、日本の子守唄を歌ったんだけれど、この町とJAPANを繋ぐ歌をポケットに入れておきたいと思ったのです。 「The Homes of Donegal」を日本語にして歌い始めました。自分のものになったと思ったところで、ドーナル・ラニーのプロデュースのもと、彼の素晴らしいバンドと一発で録音。それをアルタン(Donegalが生んだ素晴らしいグループ)が自国に持ち帰り、RTEというNHKのような放送局のDJに渡してくれたことで、ラジオで流れるようになります。 そして、ずいぶん前のことですが、Paulが来日した際、彼と、かの曲を英語と日本語で演奏させてもらう日がきたのです。不思議な感覚でした。遠い国と時空を超えて、大きな円環を描いたような。 その演奏をPaulがYouTubeにアップしてくれたんです。僕にはDonegalに母のような人がいて、病院で人生最後の瞬間にそのyoutubeを見てくれたのだと。 Paulのことというより、自分のことを書いちゃったけれど。また書きます。ぜひ、体験してほしいので。 で普通、ここに「The Homes of Donegal」のリンクを貼るところですが、貼りません。僕がDonegalに辿りつくにはそれなりの努力が必要だったように、自分でアンテナ貼って辿りつくことに意味があると思うからです。そのプロセス。大事。 Paulはソングライターとして超1級品です。ギターも素晴らしい。有名な人の名前を使って彼を紹介することを僕は好みませんが、ディランにギターを教えたのは本当だって、本人が言ってました。 今日はたくさんある名曲の中から、1曲貼っておきます。   Long Goodbye            

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days

11月9日 日曜日 雨 昨日blogのことを書いたら、すんごいメールが来る。きっとこころが痛んでるんだろうね。お察しします。あなたのそういう悪意が朝の俺の気持ちを10分はブルーにする。あなたにとって、それが作戦成功だったとしても、いつか自分に返ってくる刃にしかならないから、匿名の暴力はやめた方が賢明だよ。なんにせよ、オレにこころの筋トレを与えてくれてありがとう。 NYで34歳のマムダニが市長に。新しい潮流が生まれるかもね。 過日、リペアマンの工房を訪ねました。そこは楽器屋が併設されていて。 最初に買ったマトモなギター。16歳のとき、福岡市天神の大丸デパートの地下にあった中華料理屋でバイトして手に入れたグレコのEGF850ってやつ。1958年のレスポールを完全コピーしたスーパーリアルってシリーズ。HWのデビューステージでも弾いたそのギター。ともだちに差し上げて、行方知れず。 でも、初恋の人みたいで、ずっと探してたのね。そのシリーズはジャパニーズ・ヴィンテージと呼ばれて、コの時に外国に売られて国内にはほとんどないらしい。で、その楽器屋さんで「探してるんだー」って言ったら、にゃんと奥から出てきた。即買いして、そのままリペアマンにお願いしました、とも。 嬉しかったなぁ。 僕が最初に買ったエレキギターはともだちから買った1万円のストラトモデル。それをうちのおかんが彫刻したやつ。それもリペアマンが完全に復活させてくれたのね。今回のアルバムでもめっちゃ使いました。メイプルネックゆえ、音が固い。なので、今回ローズネックに替えてもらうことにしました。そのうちライヴで登場するかも。昨今、楽器の値段が尋常じゃない。リペアマンのおかげで、持っているものをさらによくできるから、ほんとうに助かってます。 レコーディングが終わって、まずやったこと。 家にあるすべてのクルマとバイクをピカピカにすること。これ、オレにとってはたいせつな儀式。無心に洗ってるうちに、気持ちが完全に切り替わる。ガレージを覆っていたローズマリーも脚立に登ってカット。おかげで全身ローズマリーまみれ。このままオーブンに入ったらうまそうなオレの丸焼きができそう。笑。 アルバムはデザインチームが頑張ってくれています。若いデザイナーとずっと関わってくれているデザイナー。二人のコントラストが素晴らしい。今回、insideとoutsideという二つのコントラストをテーマにもしているので、二人にテーマだけを伝えて、全面的に任せることで、幅が生まれるといいな、と思っていたのです。おかげで、かつてないジャケットが生まれそう。 とっても嬉しい。 ともだちの浜ちゃん(農家)が北海道の秋の野菜を送ってくれました。なので、ギネスシチューを作って、生の落花生をいただきました。これがね。麻薬みたいな美味しさ(褒めてます)。食べだしたら、止まらないんだわ。今日はどうやら、みかん県から絶品みかんが届きそう。筋トレルームには今年の津軽のりんごがあります。みんな、ほんとうにありがとう!

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blogを書くこと

11月8日 土曜日 曇り blogを書くことを敢えて1日休んでみました。 ちょっとだけ距離を置いて、これを書き続けることがどういうことなのか、考えてみたかったからです。1日休んだだけで、書こうと思うことが山のようにあります。ある意味、大丈夫か、オレ。笑。 まず、連絡事項から先に。 11日に輪島に行きます。MY LIFE IS MY MESSAGEのサポート先であった「NPOかなざわ志縁隊」を通じて、輪島市マリンタウンにて、炊き出しとBBQと僕のライヴです。もちろん無料なので、気楽に楽しんでいただければと思います。12時30分〜14時30分ごろの予定です。短いステージを2回くらいやれたら、と思っています。やっと能登で演奏できるのがとても嬉しいです。     blogを書くことは、露出の少ない僕らの音楽活動を伝えるのが第一の目的として始めました。1996年くらいからだから、もはや30年コースですね。よくもまぁ、毎日飽きずに書けるもんだって、自分でも思うけど、一度決めたことは続けられるのが自分のしつこさであり、良さでもあると思います。ここまで来ると、ある程度の信用があるのか、裁判の証拠に使われたことも一度や二度ではありません。 毎日書くなんて「気持ち悪い」とバンドのメンバーに言われたことがあります。あれは傷ついたな。笑。決して、自分のことがわかって欲しくて書いてるわけじゃないんだけどね。そう伝わってるのなら、余計に客観的に書こうと思ったことを覚えています。 朝起きて、深呼吸して、コーヒーを飲みながら書くんです。これね、SNSの投稿とはぜんぜん違うんです。だから、好きなんです。ハッシュタグなんてないし、そもそも拡散を目的にしていない。手間もかかるけど、自分の伝えたいことを100%伝えられる。しかも読者は自分が読みたいと思って来てくれる。そこが好きなんです。 書くこと。 それは昨日の確認で、今日1日をどう生きるか自覚することでもあり、これだけ積み重ねると、それがものすごい重みを持ってることがよくわかります。なによりもパブリックな場所に記名で掲示されるわけだから、文責があるわけだし。時間はないから、さっと書かなきゃいけない。個人的な日記とはまったく違うものです。これ、なかなかの訓練です。それを30年続けたら、ものすごく自分の成長を助けてくれたことに気づきました。 当初は自分用のプライベートなものと、掲示するパブリックなもの。ふたつ書いてたんです。でも、いつの間にかひとつで書けるようになりました。パブリックとプライベートの距離感を測れるようになったんだと思います。これもまた、なかなかなことです。 自分の感覚や感じ方を伝えることによって、善き流れを作りたい。それがすべてです。 うちのweb担当者が見つけてきてくれた「wordpress」ってこのblogのフォーマットがとても好きなんです。アップル=マッキントッシュが黎明期に持っていた、オープンソースの考え方 = ユーザーたちがアイデアをフィードして、ソフトをより良いものにしていく。もう、そんなこともすっかり過去の考え方になり、アップルは世界最大のクソ企業になってしまいました。笑。 生きてる限りは続けようと思っています。毎日読まないまでも、恒常的に読んでくれている人が万の単位でいます。必ずって人は千の単位で。その人たちにたいして、誠実でありたいと思うのです。 最後に。 ここが無料であることがたいせつなことだと思っています。最後まで抵抗しますが、ここが課金になった暁にはほんとうにミュージシャンとして音楽で生きていくのが厳しくなったんだと理解してください。ははは。なので、blogからなにかを感じてくれているなら、12/26に出るであろう(まだ決まってないのか!笑)新しいアルバムをゲットしてサポートしてくれたら嬉しいです。 レコーディングの進捗もね。日々伝えていると、書いていることで100%のところを103%くらい頑張れるわけです。これって積み重ねるとなかなかのことなんですよ。日々のルーティンって人それぞれだと思うけれど、なにか新しいことを増やしてみるのは悪くないと思います。ちなみにオレのルーティーン(だいぶくだらないけど)お伝えして、今日はペンを置くことにします。 朝 深呼吸、水を一杯、トイレに行く、体重を測る、コーヒーを淹れる、blogを書く、植物に水やり、掃除機をかける、雑巾がけ、洗濯、毎日同じ朝食(玄米、味噌汁、卵焼き、魚)、英語の勉強 昼 ストレッチ、筋トレ(28日メニュー)、毎日同じ軽食(ヨーグルト、チアシード、ブルーベリー、プロテイン)、ランニング 夜 夕食、入浴、読書、にゃんと飲酒がなくなりました

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Recording day#101、アルバム完成 !!!

11月6日 木曜日 曇り スーパームーンという満月の日。 ようやくアルバムが完成しました。みんなとの約束を守ることができて、ほっとしています。この時代にアルバムを創るって、並大抵じゃなかったけど、みんなの声援のおかげでようやく到達することができました。 ほんとうにありがとう! 約束通り、12/26にみんなに届けることができそうです。ライヴの場所でみんなに届けられるのがとっても嬉しいです。ぜひ、来てください。ライヴに来れない全国の人たちには、方法を考えます。アナウンスを待っていてください。とはいっても、まだジャケットができていないので、最後まで気を抜かず走ります。 敬愛する友部正人さんと書いた曲が収録されています。さっそく送ったら、返事をいただきました。それがむっちゃ嬉しかったので、みんなと共有します。このアルバムへの初めての感想です。 ——– ニューヨークの朝の新鮮な気持ちで音源を聞きました。 曲の入り口のインパクトと後半の盛り上がり、山口くんの歌唱やコーラスのような 背景の音、不思議な気持ちになりながらも感動しました。 いい曲にしてくれてありがとう。 ニューヨークにて。友部正人 ——- こんな一言にむっちゃ救われるんです。創ってよかった。Recording days #101、これで終わりです。 みんなの日々に響きますように。 2025年11月6日 山口洋

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他力

11月5日 水曜日 曇り 某首相の支持率が82%という数字に度肝を抜かれるのです。マジかよ、と我が目を疑いました。 支持したいというのなら、それはあなたの自由。でもね、この数字に今のジャパニーズの主体のなさが如実に表れてると思うのです。 はっきりと書いておくけれど、オレはあの人物が嫌いです。どうしてって、志が自分にしか向いていないからです。とてもじゃないけど、あの人に舵取りなんてされたくない。 この期に及んで、政治家があなたの生活を良くしてくれると思ってるのかな?だとするなら、すでに良くなってるはずだと思いませんか。誰かに期待する前に、なにかがおかしいと思うのなら、あなたが変わらなきゃなにも変わらない。その総体が社会を動かすようにならなければ、世界はよくなんてならないと、オレは思うのです。政治家ではなく、鍵はひとりひとりのこころの中にある。 集団や組織を好まないのは。ニンゲンが群れるとロクでもないことを体験上、嫌というほど知ってるからです。暴走族ってバカだと思います。でもね、ひとりひとりは悪い奴じゃない。つるむと極端にバカになります。いまどき、いい大人になっても群れて走ってる。突っ張ってるようにみえて、群れて安心してるだけ。政治をやってる人も基本構図は同じです。彼ら、独りじゃなんにもできない。だから、群れたがる。 彼ら、自分たちのことを「先生」と呼び合ってる。情けないくらいに自分そのものがない。嘘だと思うなら、ちょっとした手続きで議員会館に国民は入ることができる(当たり前!税金だし)ので、自分の目で確かめてください。虚構の巣窟。そこは税金でできている。なんなら、食堂でご飯でも食べてみて、値段とその豪華な内容にのけぞるよ!クソすぎるよ。 さいきん、一番イラっとする言葉は「エビデンス」。知らねーよそんな言葉って。海老のアデランス?知りたくもないし、一生使わないと思うけど。コンプライアンスだの、なんだの。結局、全部都合のいい言い訳で、やんわりと真綿で首を絞められるように生きづらくなっていく。 言いたいことは言えばいいし、言ったなら責任を取ればいい。個なら、それができる。 死ぬ前に伝えるけど、昔誰もが知ってる巨大な利権帝国に徹底的に立ち向かったことがある。俺一人じゃどうにもならなくて、兄貴分に助けてもらったけど。なんとか逃げきって、こう思った。これは簡単に潰されるって。でも、存在が小さすぎて潰せなかった。象が必死にアリを踏んだって潰せない。ただ、それだけのこと。 人には勧めないけど、この生き方でいいんだって、その時に思った。 我らの役目はこんな状況の中で、どこまで自由に生きられるのか。それを実証することだと思っています。これも何度も書いたけど、そこの信号を守った時点でもう「飼われてる」んだけど。どうして、赤だと止まらなきゃいけないのか(もちろん止まるけど)、その疑問を忘れたら、あの人たちの思う壺だと思って生きています。 生き抜こうぜ、ご同輩。アーメン。

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Recording day#100

11月4日 火曜日 晴れ   ご近所Caravanが町の仲間たちと茅ヶ崎の里山公園で開催しているフリーイベント、「Harvest Park」。前から素晴らしいことやってるなぁと思ってたんだけど、スケジュールが毎回合わず。3回目にして、ようやくオレもレコーディングがひと段落していたので、行ってきました。  15年も湘南に住んでおきながら、こんなセントラルパーク、いやハイドパークみたいな公園が存在してることを知らないなんて。普段から、休日になると人々はここでピクニック(ひょっとして死語?笑)をしてるらしいんだけど。  入場無料!。誰でも気軽に来ることができる。それぞれがそれぞれに自由気ままに時間を過ごしていて、いわゆる「フェス」とはまったく趣が違うんだわ。それがなによりもまず素晴らしい。寝てる人、食べてる人、飲んでる人、遊んでる人、自由なこどもたち、ワークショプ、たくさんの地元の出店。真ん中でそれらを音楽が繋いでる感じ。カネの臭いがまったくしないのが素晴らしいんだわ。  彼らがこれは「フェスじゃない」って言ってたのがとっても印象的。ここは「Parkなんだ!」て。1969年のサマーオブラヴが2025年の茅ヶ崎に出現した感じだよ。  楽屋に挨拶に行ったらTOSHI-LOWちゃんに捕獲されて、Caravanのギターを急遽借りて、即席漫談。でも、ステージから見える風景がむっちゃピースフルだったなぁ。  こんなに素晴らしい場所なのに、ゴミを不法投棄していく輩が後を絶たず、Caravanたちはゴミ拾いも続けているらしい。  彼らはオレより、一回り下の世代なんだけど、地域のコミュニティーと連携して、善きものを宇宙に放ってることにとっても励まされました。未来そのものの子どもたちが歌ってるのも、当たり前のようにそこにいるのも素晴らしかった。TOSHI-LOWがせっせと自分のステッカーを子どもたちに配ってんのも良かった。笑。  みんな優しいんだよ。笑。  おかげで、レコーディングももうあとほんの少し!100日突破。笑。

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Recording day#099

11月3日 月曜日 晴れ 某所でワールドシリーズ、がっつり観戦しました。 素晴らしい試合だったね。両軍あっぱれ! 今日の試合に敗者はいません。オレの中では。勝者は野球という素晴らしいスポーツ。 始球式でパイオニアの野茂さんからボールを手渡された山本投手が生き地獄のような状況をくぐり抜け、MVPを獲得したとき、ちょっと感動して涙でました。オレはもう特定のチームのファンじゃないけど、永遠の野球少年でいたいと思いました。ブルージェイズ、負けてあっぱれ!ほんとうに髪の毛一本の差でした。痺れたよ。 これでまた少年たちがバットとグローブを手にするだろうな。笑。 そうそう。細野さんのこんな映像を見ました。素晴らしい音楽家です。すごい境地に立っていらっしゃると思います。先日、フェスで一緒だった田島くんのパフォーマンスが見るたびに素晴らしくてね。そういうの、ほんとうに励まされます。      

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