日別アーカイブ: 2012年6月27日

言葉が出てこないときは

6月27日 水曜日 晴れ 当たり前の話だけれど、自分の現場では全力を尽くしている。誰かのレコーディングで新しい音楽が生まれてくる現場に立ち会い、その間隙を縫って、全国を廻り、相馬や福島のことを伝え続けた。僕のパフォーマンスはおかげで磨かれた。難問があり、スケジュールがタイトだったりはするが、ストレスは殆どない。音楽が素晴らしいのは、相手がミュージシャンであれ、オーディエンスであれ、一方通行ではないからだ。投げかければ、何かが返ってくる。そのエネルギーを還流させていれば、真ん中に貫かれているものが「愛」だってことが分かる。稀に激しい負のエネルギーを浴びたなら、いつもより負荷をかけて走ればいいだけのこと。僕らが棲んでいる星はそのくらいのストレスなら簡単に引き受けてくれる。夏に向かって、上半身裸で走る身体は陽焼けして、無意味に引き締まってきた。 一方で、その間に起きていたこと。原発の再稼働をめぐるさまざまな事象、消費税の増税、ヒステリーと無関心の狭間、政治をめぐる信じ難い数の論理の醜態、相も変わらず既得権益にすがる人種、語られることが少なくなった放射能の状況、エトセトラ、エトセトラ。 だんだん言葉を紡ぐのがしんどくなってきた。ほんとうの自分を生きようとすればするほど、人は一人になっていく(お間違えのないように、決して「独り」ではない)。でも、寂しいという(かつて自分がどれほど寂しがり屋だったことか)感情は殆どない。大切なものは殆ど自分の心の中にある。誰もそれを奪うことはできない。ただ、どれだけ力を尽くしてみても、草の根だけでは動かないこの歴然とした事実。それはしんどい。 誰かのレコーディングに立ち会って、今の僕にはクリエイティヴな時間があまりにも少ないことに気づいた。音楽を生み出すことは、自分と世界の深い闇を見つめることでもある。どこかで自分を世間と隔離しなければ、集中して新しい音楽に向かうことはできないだろう。コミットしすぎたのかもしれないし、一方ではまだ足りないだろうとも思う。そんな事が頭をよぎりながら、今日も今年の最大の目標であることを実現するために、生まれて初めて企画書を書いている。あの日から。僕の予定はまったく意味をなさない。ここは何かのためにとスケジュールを空けておいても、やがて逃れようのない事象で埋め尽くされる。せめて、流されるのではなく、自分の意志で流れようとは思う。

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