日別アーカイブ: 2025年10月19日

Recording day #087~088

10月19日 日曜日 曇り 今回はベッドから一歩も動けないってタイプのぎっくり腰ではなく、座ってたら固まって立てないやつなので、歩いてる方がいいみたい。ブラザーが海ででっかいフェスをやってるから、おじいさんみたいな速度で歩いて行ってきました。 溢れる情熱が、空回りでも、押しつけでもなく、地に足がついていて、いろんな人たちがそれぞれの形でそこにいることを楽しんでいる光景にぐっと来ました。 小鹿田の里でやらせてもらいたかった想いは、ほぼこの祭りのスピリットに等しい。このフェスに今年は音楽がなかったんだけど、それを感じるんだよね。吹いてくる風の中に。素晴らしかった。身体よりもこころのリハビリになった感じだよ。 残り少ない人生。虚構のために生きるのはやめようと思う。そんなことにエネルギーを費やしてる時間はない。全力を尽くして、終わったあとに虚しさを感じることはもうやりたくない。残念ながら、規模がデカいほどそう感じることが多い。資本主義ゆえ、仕方ないんだけどね。 オレは綺麗ごとを言ってるんじゃないのね。 食わなきゃいけないから、生きていかなきゃいけないから、家族を養わなきゃいけないから。 それも至極まっとうな理由だよ。 それでも、やっぱり自分じゃない誰かのことを、先に考えられるかどうか、だとオレは思う。それはニンゲンにしかできないことだから。 今、オレはのうのうと暮らしてるけど、砲弾に怯え、明日生きられるかどうか不明な人が現存する世界で暮らしている以上、そのシステムに加担していることは避けられないわけで。原発だって、基本的な構造は同じ。それが耐えられない。 幸か不幸か。子供を持つって人生にはならなかった。自分の選択でもあるし、運命でもある。本来、子孫を残すのがニンゲンの一番の役目だから、失格なんだよね。でも、正直な話、自分がここまで来る道程を振りかえると、こんなん自分ひとりでたくさんだというか、自分の子供がこのような想いをするのを黙って見ている自信がなかった。甚だ自分勝手だと思うけど、本心なんだよね。黙っていても、子は育つっていうけど、オレにはその勇気が未だにない。 この歳になって、孫どころか、ひ孫ができる友達を見て、羨ましいかと聞かれるなら、そんなことはなくて。じいじになるのは面白そうだね、って思うけど。その分、世界に子供はたくさんいるわけだから、そっちに愛を注げばいいと思う。 その分だけ、人を思いやる方向にエネルギーを使えばいいのかな。 たとえば、MY LIFE IS MY MESSAGE、役目は終わったのかな、とも思う。ライヴを開催してまで訴えることはない。でも、現実はなにも変わってないから、自分の目で見て、続けてきたけれど。でも、同じ志を持つ人の気持ちの受け皿として、継続するべきだって思う気持ちもある。 そういうことも、深く考えさせられるブラザーの素晴らしいフェスだったよ。 みんなの意見も忌憚なく聞かせてくれたら嬉しい。どうしてって、オレ個人の意見でどうこうしちゃいけないことだと思うから。同じ志を持つ人の気持ちの受け皿って意味ではね。たとえば能登で地震が起きたら、即急にネットワークを通して、みんなの気持ちを届けることができる。目に見える形で。なにが起きるか不明な世界だから。 来年で15年になるのかな。ある意味節目だと思うから。繰り返すけど、みんなの意見を聞かせてくれると嬉しいです。

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