日別アーカイブ: 2025年10月20日

時効

10月20日 月曜日 雨 もう時効かな、と思うことは伝えておこう、かな。 福岡時代の終わり頃、マネージメント(のようなこと)をしていた人物はRCサクセションの元ディレクターだった。そんな縁で全盛期のRCを福岡市民会館で体験させてもらった。87年か88年のことだったと思う。失礼を承知で本音を書くと、オレはRCに影響を受けていなかったし、ライヴを体験させてもらっても、その印象は変わらなかった。だから、そこで帰ればいいものを、その人物はたぶん、自分のコネクションを伝えたかったんだと思うけれど、ライヴ後の疲れているに違いない、清志郎さん、チャボさん、オレ、その人物を個室のような静かな飲み屋にセッティングした。 オレは尖ってる盛りの田舎のタダのアマチュア22,3歳。お2人だって34か35歳。お疲れのところに急なお見合いフィーリング、全員内気ときて、沈黙の時間は流れる。気を遣ってくれたチャボさんがひたすらオレにビールを注いでくれる。2時間くらい気まずい時間が流れ、最後に清志郎さんがオレに「き、君の革パンいいね」と一言だけ。 それが清志郎さんとの最初で最後の会話。 もう、ほんとにね。穴があったら、地球の反対側まで入りたい。若気の至りを思い返すだけで、死にたくなる。でも、それはデフォルメなしに自分がやったこと。のちにチャボさんにもちろん謝罪したけれど、1ミリも覚えていてくれなかったことに少しだけ救われたけどね。 こういうこと、いろいろある。某宝島の取材で泉谷さんにキレて、まだちゃんと謝っていない、とか。ほんとうによくない。あれから35年も経過するのに、なぜか泉谷さんと同席する機会がない。 まったくなんてクソガキだったんだと思う、、、、。 昨日、フェスで片平里菜さんと88年にRCがリリースしたあのアルバムの曲を演奏した。彼女のお母さんとオレはタメ歳。笑。でも、彼女のスピリットは凛としてる。だから、積年の申し訳なさも含めて、オレができることなら、と全力でやらせてもらった。華奢な身体から放たれる歌はとっても筋が通っていて、素晴らしかった。首謀者からこう頼まれた。オリジナルのギターは山口富士夫さんが弾いている。そんな感じで極悪に、と。 いやいや、彼女の声に沿って、もっと静かにやった方がいいと思ったけれど、いちおう静かなものと極悪なものを考えた。そして、彼女が選んだのは極悪ヴァージョンだった。笑。 富士夫さん。どこだったのか忘れたけど、楽屋で2人きりになったことがある。富士夫と洋。これまた気まずかったなぁ。汗。その話をチャボさんにしたなら、こう言われた。「でも、ヒロシ、富士夫は目が綺麗だっただろ?」。この言葉が忘れられない。ほんとに澄んだ目をした人だったよ。 LIFEは1人で生きているのではないってことを教えてくれる。あの日から昨日まで実に37,8年の月日が流れてる。昨日のバンドは素晴らしかった。みんないろんな経験をして、ただRCをコピーしているのではなく、スピリットを継承していたニュアンスがありありと。梅津さんのサックスが入った瞬間、時空がピリっと締まる。にしても、田島くんの歌はとんでもないレベルだった。見る度にとんでもない。 MY LIFE IS MY MESSAGEに関して、たくさん意見をありがとう。引き続きよろしくね。オレもいろんな人と話し合っているところです。でも、里菜さんが福島出身だったりして、物事って、ちゃんと進むべき方向を教えてくれるものだから。流れに従って生きてみます。来月、ようやく能登で演奏できそうだし。決まったらお伝えします。    

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