日別アーカイブ: 2025年12月9日

The Gift

12月9日 火曜日 晴れ   先週のCHABOさんもまさにそうだったんだけれど。  Paul Bradyとのライヴは「Gift」そのものでした。  満員のオーディエンスを前に、78歳のレジェンドと、事前のリハーサルもなく、一発勝負で、しかも生音で、二人いるのに一本のマイクで(漫才マイクみたいなことね)奏でるのって、かなり痺れる体験なんだけれど。音楽家の端くれとして、無上の歓びでした。  思い返せばたぶん92年。NYから渡ったアイルランドはドニゴールで。州歌のように誰もが知っていたその歌のカセットテープを買ったのです。その主こそPaul Brady。あまりにその歌が好きすぎて、勝手に日本語をつけて歌うようになります。それをドーナル・ラニーがプロデュースしてくれ97年に録音。それを聴いたAltanのメンバーが本国に持ち帰ってくれ、日本でいうNHKみたいな放送局で何度も流れるようになり、ついにPaul本人がそれを耳にして、あの曲を日本語で歌ってるあいつは誰だ?みたいになって、初めて会ったのがもう20年以上前なのか。。。  ドニゴールに住むアイルランドの母が不治の病で病院にいた時。Paulと僕が演奏する「The Homes of Donegal (Paulがyoutubeにアップしてくれたから!)」を病院のベッドで観て、涙を流して亡くなってくれたこと。うちの愚母とアイルランドの母が同級生で、愚母の灰をドニゴールに散骨したら、現地の新聞に載ったこと。笑。そのほか、いろいろ。  ステージの上で、30年以上に渡るストーリーを音を紡ぎながら感じていたのです。Paul、やっぱりとんでもなかったな。スピリットの飛沫を真横で浴びてました。それは僕の特権です。音楽ってね、有名とか無名とか、そんなことはどうでもいいんです。すごいものはすごくて、すごくないものはすごくない。ただ、それだけのことです。  観た人の特権だから、これ以上オレが語ることもないか。最後の来日になる可能性が高いと思います。でも、たくさんの人がその目に彼の本物のスピリットを焼きつけてくれてほんとうに嬉しかった。Paulに声援を送ってくれてたのも嬉しかった。  もうひとつだけ。彼をこの国に呼んだ人が、どれだけの想いでそれを実現させたかってことも、どうか覚えておいてください。   Thank you for EVERYTHING !!!

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