その一年

2月12日 水曜日 曇り

このアルバムのたぶん最後の録音になるであろう、クライ・ベイビーワウ・ペダルを使ったスライド・ギターをファイヤーバードで爆音で弾いた。わお。住宅街に響き渡るいい音。古いフェンダー・デラックス・リヴァーブは常にベッドルームに設置されている。これって何となく、素敵な眺めで、けっして貧乏臭くはなかった。となりにチャリンコがあったとしてもね。

元旦からの約40日間。これだけ音楽にintoできたのはほんとうに幸福だった。もう少しで、ほんとうに終わる。

キッチン・ミュージックって言葉があるのなら、このアルバムはベッドルーム・ミュージック。まったくそんな風には聴こえないだろうけど。狭い部屋でアンビエンスがない分だけ、オフ・マイクでこころのアンビエンスを録音しようとこころがけた。

よく歌って、弾いて、叩いて、吹いて、踊った。頭蓋の裏に映った風景をスピーカーの間に描く。自分のソウルと交信しているような日々。愉しかった。

デラックス・リバーヴ。もう30年くらい使ってるよ。うっとりするくらいいい音だよ。

デラックス・リヴァーブ。もう30年くらい使ってるよ。うっとりするくらいいい音だよ。

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ずっと黙っていようかとも思ったんだけれど。僕と同じ経験をしている人の役に立てばと思い、書くことにするね。

一年前の今日。アメリカのとある、ほぼ4000メートルの山頂で、僕は煙草を止めた。「もう、ええやろ」と関西弁でメッセージが聴こえた。ほんとだよ。空気が薄いから幻聴かもしれないけど。そこで、最後の一本を吸って、麓まで滑って降り、ゴミ箱に捨てて、それでおしまい。

その山頂。

その山頂。

煙草には苦しめられてきた。ローティーンのときから吸っていたし、超ヘビースモーカーだったし、30代から歌うことが辛くなってきて(特にツアー)、何度も禁煙したけど、続かなかった。未認可の時代にニコチンパッチを個人的にカナダから輸入したり、禁煙プログラムに何度も申しこんだり、最後には病院にも行った。意志は人並みはずれて強いつもりだったが、これだけはうまく行かなかった。禁煙のせいで人間関係にひびが入ったこともある。

つーか、ひびが入ったあと気づいた。「あーもう、こんなことになっちゃったよ、くそー、1本吸おう」と云う理由を作るために、ニコチンに操られた自分が能動的にひびを入れたのだと。

とかく。何かにコントロールされるのが嫌い。それはよろしくない。自由じゃない。フリーダムじゃないよ。

山頂で思ったのだ。「もう、いいかな」、と。単純に、ただ、それだけ。もう充分に吸ったし、美味かったときもあるし、ヒドイ目にも遭ったし、金も使ったし。それより、もっと歌いたい。もっと走りたい。逃げてたけど、歯もぜんぶ治したい。オレは喰ったもので出来てるんだし。トシを取るってことは、すべて手に入るんじゃない。何かをやるためには何かを捨てなきゃ。

今まで何度も止めたことがあるから、分かってはいたけれど、それからの日々はそれなりに大変だった。体調不良、精神不調、そして太る。それは気に入らない、というか許せない。デブの自分だけは許さない。自分をコントロールできないのは嫌だ。だから、いつもより負荷をかけて走った。月間300キロってのは、それなりに大変。一年でようやく落ち着いてきた。ふーっ。何とか戻せた。

で、ツアーでも声が潰れなくなった。歯も治した。いや、治してもらった。何よりも、生きていることが少し楽になった気がする。

僕を励ましたアプリによると、一年で約30万円倹約し、寿命は48日延び、12775本の煙草を吸わなかったのだと。それはどうでもいいけど。いちばんいいことは、煙草を吸っていた時間を他に使えるってことかな。その分、いつも大好きな水(炭酸水)を飲むようになった。水が美味しい。

実のところ、僕をいちばん励ましたのは魚さんの意見で「そんなもん、止めたってさ、ぜーんぜん大したことないよ。何もなしとげてないし、ぐらいの気持ちで居ると楽だよ」。ほんとにそうだった。それまでは悲壮すぎた。周囲の、特に身近な人間(ガールフレンドとかね)のプレッシャーは辛かった。悪気がないのは分かってたけど。自由になるために必死に不自由を背負ってた、みたいな。正論は苦いんだよ。逃げ場がないもん。

昨日、オリンピックを観ていて思ったんだよ。どうしてあんな素晴らしい少女に期待を背負わせるのか。彼女が背負わなきゃいけない理由なんてどこにもない。その分、平野くんの方がプレッシャーは少なかったと思う。僕は彼やショーン・ホワイトが飛んでいるのをアメリカで観たことがある。(僕は国母選手のファンだけどね)いろいろ思い、学ぶことがある。昨日みたいなショーン・ホワイトを初めて観た。それもプレッシャーなんだろうね。「自由」は難しいね。

話を戻すね。

いつしか、僕の脳から煙草が消えていった。自由になりつつある、と今は思う。煙草を止めても、「モラルのある喫煙者」まで嫌いになるのだけは止めようと思っていた。

ただ、正直な話。飲み屋の隣で吸われると、さいきんは頭が痛くなる。洋服が臭いのも辛い。僕の家に喫煙者が来たときには悪いけど、ベランダで吸ってもらう。両方の立場が分かるようになった身としては、互いを繋ぐことができる存在で居たい。何であれエキセントリックなのは好きじゃない。

伝えたいことはね。止められます。だいじょうぶです。まだ1年だけど。僕に似たタイプの人は「背負わない」でね。そんなに自分を責めること、ないよ。「もう、いいや」。心からそう思えたら、きっとだいじょうぶです。

もうひとついいことあった。肌がすべすべになる。ま、オレがなってもね。

もうひとついいことあった。肌がすべすべになる。ま、オレがなってもね。

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その一年 への11件のコメント

  1. 萩原晋也 より:

    筆圧高いな。

    アルバム楽しみだ。

  2. ジュリアン より:

    ほーんと;お肌すべすべ。羨ましいわ。勢い余って女装に走ったりして・・・ちょっと心配。

  3. 薄毛SHOW より:

    吹いて 吹かせて
    吹かせて 吹いて
    吸って 吸わせて
    吸わせて 吸って
    インモータル

  4. 甲斐 より:

    去年アニキに言われた言葉が今の僕を救ってます!

    稀にお世話になるけれど、長年の付き合いからだんだん時離れています(笑

  5. うっちゃん より:

    文末の3行に救われますね…それでも得るもの多し…哲学だにゃー

  6. クロ より:

    まさしく僕も18日前から禁煙しています。25年ほどずっと吸ってきて何度も禁煙に挑戦しては失敗し…。今回もさすがに最初は辛かったですが、最近やっと煙草がない生活に慣れつつあります。それでも、仕事が忙しい時やひと段落ついた時とかは一本欲しくなりますが(汗)
    山口さんもiPhoneアプリを利用されてたのですね。僕も時々見ては、話のネタにしています(笑)

  7. たま より:

    2006年のドイツワールドカップで、日本が予選ラウンドを突破出来るように願掛けがわりに禁煙しました。願いは叶わなかったけど、それ以来吸わなくてもよくなりましたな~。ありがたい(笑)

  8. 奥村徹志 より:

    自己と社会には
    歴然たる
    差異がある
    どう、転がってみても
    自分という主語では
    耐えられない
    そんな
    現実ってものがある
    ホント耐えられない

    その、耐えられない
    ぶんくらいは
    毒を求めていいだろう?と
    思っているし
    今でさえ、そうだ
    ゲンズブールが言った
    「タバコは緩やかな自殺」
    そう
    緩やかな死をくゆらすことで
    なんとか今まで
    生きてこれたのかも
    知れない

    しかし、この毒も
    なんだか
    奴らの手の中に
    あるもにかと
    思うと
    新しい戦略が必須だ
    俺も
    やめようかな

  9. 自転車乗り より:

    昔のヒートウェイヴはアンコールでは全員タバコ吸ってたの思い出しました(笑)僕もやめたけど タバコって習慣になってるだけなんですよね・・・

  10. 堺のひろし より:

    奥深い…
    兄貴が語ると。

    私の場合、九州への単身赴任をきっかけに。
    単純に、経済的な理由により二者択一を自分に課した結果。

    「あんた?金続かんで。このままやったら。酒とたばこ、どっちかやめなはれ。」
    と、誰が言ったのか、誰に言われたのか…聞こえました。

    「酒やめるん、わしに死ねっちゅうことか?呑めんようになったら生きてても
    楽しゅうないやんけ、ボケ!それやったらタバコやめるわい!」

    っちゅうわけで、タバコ強制終了。もともとへヴぃ相撲家~ではなかったので…
    あまり苦しまずにやめられました。

    もう8年以上過ぎてますけど、いまだに、ときどきタバコ吸ってる夢みます。
    潜在意識のなかではまだ未練あるんだろうか?

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