6月21日 土曜日 晴れ
どうして、そんなにアルバムを創るのに時間がかかっているかって?よく聞かれます。
それはね。CDが売れない以上、制作費を極限まで削って、その分わたすが人の何倍、何十倍も働くことによって、ギリギリ成り立っている(成り立ってないか、笑)からです。
ソングライター、プロデューサー、レーベルの運営、宣伝、シンガー、ギタリスト、鍵盤とドラム以外のほぼ全ての楽器の演奏、エンジニア、アシスタント、エトセトラ。マルチを自慢したいのではなく、マルチでなければ続かないだけの話。残念ながら。
むっちゃ孤独。誰も助けてはくれない。でも、それはもう慣れた。エネルギーの配分も、集中と緊張と弛緩の割合も。やると決めたのは他ならぬオレなのだし。
だったら、最後までやるだけ。
集中して歌って、ダメなときは筋トレ。集中して演奏して、ダメなときはストレッチ。集中してミキシングして、ダメなときはバイクで江ノ島まで。なにをやってもダメなときは思いきりランニング。とにかく切り替えること。引きずらないこと。どこにあるのか分からない、見えない頂だけを見ておくこと。「上を向いて、顔を上げて音楽を創る」。それが切れないコツ。決してあきらめない。こうやって、異常な忍耐力は磨かれる。これってかなり「キチガイ」の領域だけど、自分がマトモだなんて思ってないし、迷ったら、思いきりやりたい方に舵を切って突き進むべし。
いつか、雲の切れ間から、一瞬だけ頂が見える。その瞬間がたまらない。
HWの場合、特筆すべきことはベースが不在。魚ちゃんがオルガンで弾いてる場合もあるけど、今回はかなりの割合で後からわたすがベースを弾くことになる。ライヴでの再現性を考えると、いかにもベース入ってますって仕上がりは避けたい。とはいえ、家を建てることに例えるなら、屋根が乗ってるのに、柱を無理やり入れるような作業なわけで、なかなかに困難を極めます。しかも主張は抑制しつつ。細くて目立たない柱で、重い屋根を支える。
前のアルバムで言うと「heavenly」。実はそこはかとなくベースが入ってる。その塩梅。存在感薄めだけど、ちゃんと屋台骨を支えてる。その落とし所がめっちゃムズい。料理と同じで、最後に味を整えるのがいちばん難しいんす。
んなもん、身近な人間に弾いてもらえって、いやいやそんな問題じゃない。笑。
ありとあらゆるベースを弾きました。ヴィンテージからビザールまで。昨日はついにウッドベースまで。ヴァイオリンベースとテスコのビザール、こうなることを予測して作っておいたフレットレス。
でもまぁ、とっても面白いです。ベースを弾く場合はコンセプトを決めて、その人になりきる。そのくらい遊びがないとやってらんない。ビル・ワイマンだったり、僭越だけどポール・マッカートニーだったり、ロニー・レインだったり。ははは。3日くらい前、ヴィンテージのジャズベースをポール・シムノンが弾くってコンセプト。楽器に謝れって感じだったけど、これはメチャ良かった。
どうしてもできない楽器、ヴァイオリン(フィドル)だったり、管楽器だったり、女性コーラス。そうなったら、さすがに誰かにお願いするしかないけれど、今のところ、還暦すぎたおじさん3人だけで成り立っています。でもねぇ、近所に誰かコーラスの上手い人いないかな、といつも思う。
てかね、2枚組の分量を創ってるので、いったいどうしたもんだか。
てなわけで、まったくもって頂は姿を現さず。もうすぐ、マネージメントとリリースタイミングを決めなければならず、そこで締め切りが設定されると、もうどこにも逃げられなくなるのです。ひひひ。
でもまぁ、「今を生きる」ってそういうことだし。モーレツに充実してる日々を送らせてもらってることに感謝しています。ありがとう。退職金とかセカンドライフとかあるわけがなく。どこまでもファーストライフのまま、突っ走るだけです。
MCのネタにしてるんだけど。60歳になったとき、国から連絡がありまして。「年金もらいますか?」って。ちなみにいくら?って聞いたら2万だったか3万だったか?中学生のお年玉か!笑。んなもん、もらわないけど、親がいない子供のサポートを細々と続けてるので、いつかそれに回して循環させるってのはアリかもなと思っています。
なんのblogだよ。