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HEATWAVE OFFICIAL BOOTLEG SERIES #008 / 2021122640 Years in a BLINK HEATWAVE
“Unknown Pleasures” HEATWAVE
2022.3.18 Release
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2020.6 Release
詳細/購入はコチラ »Blink HEATWAVE
2019.11 ReleaseOfficial Bootleg #007 “THE FIRST TRINITY” 181222 HEATWAVE
2019.5. Release日本のあちこちにYOUR SONGSを届けにいく 2018 山口洋
2019.3.25 Release『OFFICIAL BOOTLEG SERIES #006 19940524』 HEATWAVE
2018.12.19 Release『OFFICIAL BOOTLEG SERIES #005 171222』 HEATWAVE
2018.5.19 Release『Your Songs』 HEATWAVE
2017.12.26 Release『Carpe Diem』 HEATWAVE
2017.5.17 Release『OFFICIAL BOOTLEG #004 151226』 HEATWAVE
2016.12 Release
HWNR-012 ¥2,500(税込)『OFFICIAL BOOTLEG #003』 HEATWAVE
2015.5 Release
HWNR-010 ¥2,500(税込)DON'T LOOK BACK.
山口 洋 全詩集 1987-2013 B6サイズ 272P 特製栞付き ¥2,800THE ROCK'N ROLL DIARY, 2011 3.11〜 陽はまた昇る B6サイズ 176P ¥3,000SPEECHLESS Yamaguchi Hiroshi / Hosomi Sakana
2011.2.9 Release
NO REGRETS XBCD-6003
¥3.000 (TAX IN)
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月別アーカイブ: 10月 2021
もしも娘が生まれたら
10月10日 日曜日 晴れ バイクに乗っていて、急に思い出したこと。 20歳を過ぎた頃から、もしも娘が生まれたら、この名前にしようって思ってた。どうしてか、わからないけれど。そんな可能性もほぼないから、もうお伝えしてもいいかな。笑。 夏に生まれたら「千夏(ちなつ)」ちゃん、冬に生まれたら「雪(ゆき)」ちゃん。今でもいい名前だなぁ、と思う。春と秋はうーん、わかんない。 男の子はまったくインスピレーションが湧いてこない。一度も考えたことがない。某マネージャーに息子が生まれて名前を考えてくれって。思いついたのが「岩石(がんせき)」くん。しかし、家族会議の結果、却下。そのex岩石くんにはもう子供がいるよ。 男の子が生まれたら。キャッチボールだけは教えるな。親父がオレにしてくれたように。あれは無言の会話だから。で、親父。オレの方が球が速くなった瞬間に止めた。あとはなんだろ、勉強なんてできなくていい。学校にも行きたくなきゃ行かなくていい。好きなことを思いきりやれ。その代わり責任は自分で取れ。以上、かな。一緒に飲めたりしたら嬉しかっただろうね。 そうそう。娘はいないけど、娘のように想ってる子はいるわけで。 マブダチの娘が結婚することになった。オレも娘のように想っていたし、奴はコワモテで知られてるけど、結婚式でその威信が崩壊する危険性がじゅうぶんにあった。オレはそれを防ぐために家族席で奴の隣に配置されたが、、、、、。式が始まって直後に奴が崩壊。それを見たオレも二次遭難。式の間じゅう二人して泣きっぱなし。終わったら頭痛いのなんの。二次会なんてお通夜みたいだったな。笑。 あれはいったい何の涙だったんだろう。新郎新婦と同じくらいコワモテ二人組が崩壊してる姿にカメラが向けられたことは云うまでもない。今日は特別にその証拠写真をお見せしよう。笑ってくれたまえ。わはは。 その初孫を見守るオレの写真があるのだが、それを見せるのは止めておく。なにごとも節度ってものが必要だからね。笑
音の日記
10月9日 土曜日 晴れ コはなんのインスピレーションも与えてくれなかった。特に言葉と云う意味では壊滅的。この二年間に書き記した詩はノートに3ページくらいだと思うし、活字を読みたいとも思わなかった。理由はわからないけどね。たぶん、フィジカルで居たかったのかな。 ライヴも制限され、G.Yokoの音楽を創って伝えるってミッションがあったから、なんとか正気を保ってはいたものの、HWに至ってはたった一本の配信ライヴをのぞいて、活動できる可能性はほぼ皆無に等しかった。それはまぁ、資本力があれば違ったのかもしれないけれど、いつだって断崖を歩いてきたバンドにとってはそれはいかんともし難い状況だった。 でも、困難なときに新しい生き方が生まれてくることは経験上知っている。このままコと同調圧力と「日本的なもの」にヤラれっぱなしってのはどうにも我慢できず、インスタライヴってやつを始めて(あれは正気を保つのにはとってもよかった)、同時に音の日記みたいなものを記録し始めた。 とにかく湧いてきたインスピレーションをほぼギターだけを使って記録していく。インストで、曲の原型のようなもの。曲は限りなく短く。10ほど断片が溜まってきたところで、これは面白いかも、と思った。あえて、今日に至るまで聞き返してもいないけど、タイトルはすでに決まっていてジャケ写も実は1年前に撮影済み。笑。タイトルは「Still life with my GTR」。 そろそろ全部聞いてみますかね。30数曲、いったい何が記録されているのか。 あ、来週マネージメンと話し合うけど、HW、年末やりますから。詳細はもうちょっと待っててね。 ヤドカリズム・オフィシャルストアは明日で一旦クローズします。シャチョーの性格知ってる人はわかってると思うけど、今までの声援に感謝して、ちょっとした福袋になってますよ。笑。
無償の愛
10月8日 金曜日 晴れ 無償の愛について深く考える今日この頃。 乗るべき船が港に来ていて、それに乗れば大海を渡っていける。夢にまで見た約束の地に。ま、沈没する可能性はいつだってゼロじゃないけどさ。 感謝するこころさえ心底あれば、幸運のバトン、乗船チケットは手渡されるのに、、、。オレはそこでは無力。 愛を注ぐってのはほんとうに難しいね。それが親であれ、仕事であれ、恋人であれ、子供であれ。 深いものじゃなきゃ動かないし、注ぎすぎると自発性を削いでしまうし、わがままを助長させるだけ。誰かが言ってたけど、自立させつつ頼らせる。その塩梅なのかなぁ。苦笑。ながーーーーーーーーーーーーーーーい目で見るってこと。 散歩しながら、ともだちと電話で話して、ようやくいろんなことが腑に落ちた、かな。 黙って見てるのが今は愛の進化したかたちなんだろうなぁ、と。 こういうとき、自分のことを振り返っても、特異なケースだから、まったく参考にならない。音楽にしがみついた上で、しがみつくために断崖から何度も飛び込んで、たまたま生き残ったみたいな人生だったから。やり直したいなんて1ミリも思わないしね。 でも、うまく言えないけど、その情熱は誰かが見てた、というか、大げさに言えば音楽の神様は見てた。そんな気はする。だから、ステージに上がったら、今日どうなるのかわかるようになった。演奏者がなにを考えてるのか、どうまとめたらいいのか。そういうことが手に取るようにわかる。目立たない指揮者みたいな感じかな。 オレ自身もまだまだ未熟。成長の余地はたくさんある。それゆえ人生は面白い。 さ、曲書こ。
苦労とオレを育てたJAZZ BUTCHER
10月7日 木曜日 晴れ 苦労 苦労は買ってでもしろって。笑。 あまり好きな言葉じゃないけど、これは事実だね、辛酸をなめてないからいいトシこいておかしなことになるのよ。 でもまぁオレの経験なんて、好きなことをやるために経験したことだから、苦労とは呼ばないと思うけど。 デビュー前、ゼネコンの孫請け会社のバイトとして、竣工式の会場を作ってた。税金で作られる巨大な施設や道路。その竣工式ね。でっかいテントをたてる。これ完全な肉体労働。時はバブル。コンパニオンなんかも来て宴会まで行われる。大臣、知事、エトセトラ。オレはそこの最下層から空を見上げてた。 ゼネコンの担当者からは虫以下みたいな扱いを受ける。でも、オレはそこで鍛えられたと思う。上司にはペコぺこ、オレは虫扱い。こんなやつには絶対にならないぞ、と奴から教えられたんだね。稀に、泥にまみれて働いてるオレたちに缶コーヒーをおごってくれる担当者もいた。沁みるんだよ。優しさが。忘れないよ。オレはこんな人間で居ようと思った。 で、デビューしてまかり間違って売れてたりしたら、とんでもないやつになってたと思う。売れなかったことに感謝してるよ。 プライドは必要。でも、必要以上のそれはあなたを不自由にするだけ。で、困難は成長させてくれる。大したことじゃないさ。遠くを見て、目の前のことに全力を尽くすだけ。言いたいことは言って、その責任はとる。ぜんぜん難しくない。 JAZZ BUTCHERって知ってる? 80年代に出てきたイギリスの素晴らしいバンド。 デヴィット・Jも在籍してた。 オレはまだ博多に住んでたけど、そのインディースピリットとサウンドに とっても影響を受けた。 中心人物のパット・フィッシュが5日に亡くなったって。 哀しいけど、手渡されたものを誰かに手渡すしかない。 この曲聴いてみて。 どんだけ影響受けたかわかると思う。 ありがとう。こころから。
趣味は
10月6日 水曜日 晴れ 山口洋57歳、趣味は洗車です。なにも考えず、ひたすら乗り物を洗ってるときが好きです。 そうやってチャプターを切り替えてきました。今日は乗り物だけじゃなく、楽器も、バイクに乗る靴も、家もピカピカにしたよ。 あ、そうそう。G.Yokoのオフィシャルショップ、今週あたりで一旦クローズします。アルバム「Survive」は今後もアマゾンなどでも買えますが、ヤドカリズムからの発送を望まれる方はこの機会にどうぞ。
800キロ
10月5日 火曜日 晴れ 往復800キロ、目的バイクに乗るだけって旅から帰ってきました。 巨大なアメリカ人用に作られたバイクゆえ、これまでライディングポジションが決まらなくて、腰痛、首痛、お尻痛に悩まされてきましたが、マエストロと相談の上、ありとあらゆる改造をした結果、帰ってきて飲み屋に行く元気が残ってる有様。笑。 にしても、馴染みの店が開いてるってほんとうに幸せだなぁ。 いろんな垢が風とともに後方に去っていきましたとさ。さ、バイク磨いて、クルマ洗って、楽器整備して、掃除して、次のチャプターに向かいます。
そうだ日本海見に行こう!
10月4日 月曜日 晴れ 人様に言うことじゃないけどさ。いろいろ大変だったんですよ。笑。 次のステージに行こう。その前に、日本海見に行こう。旅する理由はそれで十分じゃん。普段、旅の前には家を片付けるんだけど、それもしなかった。とつぜん行きたくなったんだもん。 フェスで雨に打たれたギターたちだけ陰干し。2001年製のヤイリだけは本格的にお亡くなりになった(かも)なので、ヴィンセントに電話して、「もう一本作って」と。ヴィンセントがメインに昇格するまで5年かかったので、それじゃ長すぎる。せめて2年でってオファー。笑。 ハーレー屋さんと相談して、出来上がった俺のバイク。400キロ走ってもぜんぜん平気。日本海を見て、ビール飲んで撃沈。それもまた人生。おととい福島、昨日下北沢、今日は日本海。意味不明な人生です。
下北沢にて
10月3日 日曜日 晴れ オーディエンスがアルコールを注文し、マスクはしてるけど、普通に音楽を愉しんでいる。良い光景でした。 G.Yoko。会って十年の月日が流れました。前日に曽我部くんやトシロウと並んで歌っている姿。今日は見違えるような存在感を放っていました。アーティストとしてしっかりと立っていたことがとても嬉しかったです。 ここからの活動は本人の意思を尊重したいと思います。伝えられることはすべて伝えました。その素晴らしい才能をどう世界のために生かすか。僕が必要なら、彼女から僕にオーダーする。そんな関係でいるために、信頼できる人物にマネージメント、レコード制作を任せられたらなぁ、と。思いきり好きなように羽ばたいてほしいと願っています。 さて。オレは引き続きグレッチを磨いて、日本海でも見に行こうかな。
猪苗代湖にて
10月2日 土曜日 晴れのち嵐 湖畔のステージで誰かが歌っていて、人々がそれを愉しんでいる。 ちょっと前まで当たり前だった光景を見ただけで、ぐっときたね。コのバカ野郎。こんなに人々を苦しめやがって。 さて。オンステージ。サカナちゃん、コースケ。バツグンのバンドだったね。曽我部くんが歌ってるとき、とつぜんの嵐。抱えてたホワイトファルコンと相まってニール・ヤングにしか見えなかった。いや、マジで。トシロウの新しい世界、ほんとうに魂込めて取り組んでくれて嬉しかった。細美くんと二人のコンビネーションは大したもんだね。雨になってからのスタッフの働き、オーディエンスが音楽を愛する気持ちがいろんなミラクルを呼んだんだと思う。 G.Yokoの旅は去年のこのフェスから始まっていて、奈良さんが愛を込めて生で描いてくれてて、オレはもはや言葉がなかった。 生きてるといいことあるね。 愛だよ。それしかないよ。 関わってくれたすべての人にありがとう。午前1時に帰ってきたけど、これから雨に濡れたグレッチを磨くよ。
リハーサル
10月1日 金曜日 嵐 にゃんと、渋谷のクラブクアトロを借りきってのリハーサルでした。贅沢。 が、しかーし、バンドメイトの魚ちゃんが豪雨の中、クルマがパンクしてこなーい。てか、暴風雨の中の機材搬入、さすがの百戦錬磨のスタッフの仕事っぷりが美しかったなぁ。 おかげでゲスト陣ともいいリハーサルができました。 てかね、リハーサル終わったら、全員抗原検査するんすよ。ほんとに、すごい世の中だ、、。 俺は一足先に郡山へ。にゃ、にゃんと飲み屋が開いてる。嬉しかったので、30分だけ飲みました。感激。飲み屋にいるってことがこんなにプレシャスなことだとはね。 さぁ、明日は楽しみにしてたフェスっす。愉しんでね!