終戦と敗戦の間

8月16日 水曜日 曇り 

 ずいぶん前のことだけれど、この時期イギリス(敢えてイングランドと書こう)に居たことがある。南部の保守的な港町に。

 朝、街の雰囲気がなんだかおかしい。「JAP!」と罵声を浴びせられ、勲章をつけた老人たちが行進している。とっても苦手な(いや、もっとはっきり書こう、嫌いな)空気。

 聞いて、調べた。「あなたはここにいるべきではない」とはっきり言われた。それはVJ DAYだった。VJ DAYとは「VICTORY JAPAN DAY」。つまりFUCKなJAPANに対する戦勝記念日。

 確かに。あの戦争に於けるJAPANがFUCKだったことは間違いない。それは認める。でも、そういうあんたたちはどうなんだい?腹が立ったが、この手の輩になにを言っても無駄だ。これも経験だと思って、網膜とこころにこの風景を焼き付ける。

 玉音放送によって、天皇が人間になった日は「終戦記念日」だと言われている。それを「敗戦記念日」にしないから、いろんな誤解を生む。戦争は美しくない。なんの罪もない、とんでもない数の人間を殺し、殺されて、終戦を迎えたのではない。自ら戦を仕掛け、ボロボロになって敗戦したのだ。

 いったいどれだけの犠牲を払ったのか。ひと握りの人間たちのために。

 タモリさんが2023年を「新しい戦前」と呼んだ。素晴らしい示唆だと思う。あの岸田って男はとんでもない。志が向いている方向がまったく人民ではない。貧乏人から税金を巻き上げ、軍備を増強する。美しい石垣島の砂浜にミサイルが配備されてる絵を見て、とうとうここまできたかと暗澹たる気分になった。

 オレはまったく政治的な人間ではないけれど、おかしいものはおかしい。嫌いなものは嫌い。自分の文責において「実名」でそれは書く。

 オレの父親は半島からの引き揚げ者。優しかった祖父は日本人学校の校長。つまり侵略した側。あの放送を境にロシア軍が攻めてきて、逃げるように日本に引き揚げる。その途中にともだちは殺され、幼い妹(つまりオレの叔母)は死んだ。

 彼は生涯かけて、戦争を憎んでいた。そんなに遠い話ではぜんぜんない。

 小学校に上がる前のオレを平和台球場に連れていって、試合前の国歌斉唱で「オレは立たないけど、どうするかは自分で決めろ」と言った。強制しない、いい教育だった。何故この人はこんな行動をするんだろう、と。自分の頭で考えることが大事なんだと思う。

 愚かで学ばないのが人類の歴史。これまで利権や土地や宗教のために、どれだけの殺し合いをしてきたのか。それはニンゲンの本質かもしれないし、終着駅である「核」にたどり着いて、ギリギリのところで踏ん張っているだけなのかもしれないけれど、無責任な平和主義者ではなく、PEACEは本気で希求するものだとオレは思う。

 親父がオレに教えてくれたように、群れることなく、自分のやり方で本気で希求するものだと思う。

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終戦と敗戦の間 への2件のコメント

  1. パンとサーカス より:

    どうしたんだろう。
    何故だか、涙がとまりません。

  2. ハートロッカー より:

    山口さんやっぱあんたすげぇわ!貴方を知り応援出来る事を誇りに思う。

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