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2019.11 ReleaseOfficial Bootleg #007 “THE FIRST TRINITY” 181222 HEATWAVE
2019.5. Release日本のあちこちにYOUR SONGSを届けにいく 2018 山口洋
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月別アーカイブ: 2月 2025
儚さ
2月18日 火曜日 曇り ”生涯、彼はたったひとつのバンドを続けることに情熱を費やした。” それが理想とするシンプルな生き方。 乃木坂にあるソニーのスタジオに出向いて、30年の時空を超えるプロジェクトへ。当時のマネージャーと担当エンジニアも参加してくれているので、プチ同窓会のようでもある。違うか。笑 元マネージャーに初めての息子が生まれた日のことをはっきりと覚えている。スタジオにその一報が届き、彼はスピーカーに突っ伏して泣いてたっけ。その息子が36歳になり、孫が産まれ、可愛くて仕方がない、と。笑。 隔世の感、、、。 精魂込めて創られたアナログのマスターテープが素晴らしいのはその骨密度!としかいいようがない音世界だから。絶妙な塩梅で入れられたレベルによるテープ・コンプレッション。それを素晴らしい再生装置で聴くと、目前に音風景が拡がっていく。何度も書くけど、デジタルとは世界が違う。過去の自分による、今を生きる自分への褒美と言ってもいい瞬間。 数年前にアルバム「柱」をアナログ化した際にはマスターテープが発見されなかった。それゆえ、禁じ手を使ってアナログ化された。「陽はまた昇る」の際には状態のいいマスターテープからほぼダイレクトにアナログ化された。エンジニアも含め、仕事が素晴らしすぎて、手を加える必要がなかった。マスターテープのダイナミクスがそのまま盤に刻まれた。アナログのいいところがすべて継承され、具現化された素晴らしい仕上がりになった。 今回の作業がなにか、ということはのちにきちんとお伝えするとして。 マスターテープは現存していた。今回も胸が高鳴ったけれど、テープ媒体の寿命が如実に現れていた。磁性体の限界なのだった。たった一年の間に、、、。 インスタに書いたけれど。ここ数年で磁性体の限界がやってくる。これだけ厳重に管理されたものですら、この状態なのだから、それがカセットであれ、VHSであれ、オープンリールであれ、急激な劣化が始まるのは間違いない。DATなどはリーダーテープの糊が剥がれ、ヘッドに絡みつく、と。 今回は2006年にレコード会社によって、96K、24bitといういわゆるハイレゾでアーカイブされていたため、ことなきを得たけれど、アナログを一旦デジタル化してアナログに戻すという意味不明なプロセスを経て、アナログ盤が制作されることになった。 むろん、音としてまったく問題はないんだけれどね。 デジタル化したところで、永遠にその音源を遺せるということでもない。でも、1日をかけての作業を見守りながら、失われてもいいではないか、と感じていたのも事実。その儚さがいい気もする。 ”生涯、彼はたったひとつのバンドを続けることに情熱を費やした。” それでいいじゃないか、と思う。
矛盾
2月17日 月曜日 曇り いきなりですが。 自分で殺めることができないものを食べてはいけない、とずっと思っています。なぜなら、命をいただく、といういちばん大切かつ難儀な行為をすべて誰かに委ねているからです。 そんな意味で言うと、牛はもちろん、豚も、鶏も、魚だって殺めたことはありません。てか、一生できないと思うくらいには、現代人かつヘタレ。子供がいたなら、父ちゃんはかようにヘタレだ、こんな大人になるんじゃない、と間違いなく告白すると思われ。 この考えにのっとって生きるのなら、野菜しか食べるものはないのです。 なのに、食う。この大いなる矛盾。 自分に農耕スピリットがあるのはわかるけれど、家長として狩猟スピリットはないのだろうか?ずいぶん長い間それを自分の中に探してみたけど、ない。500年前にオレが家長だったら、うちの家族は、と想像してみたら、ほんとに言葉がない。 随分前、阿蘇に家ができたとき。地元の方からお祝いとして、鹿の足をいただきました。失礼のないように、オレはちゃんと触ったけれど、食べることはどうしてもできず、「ごめんなさい」と謝って埋めました。 突き詰めてみる必要がある、とずっと思っています。人として。 山に奥深くひとりで入り、米だけを持って、狩猟して生きる人の本を読んでいます。気づきの連続。この人は生きてるっていうか、自分が生かされていることに本気で向き合ってる。でも、根本には狩猟本能が流れてる。そこが違う。 山でカモシカや猿を見たとき。オレには狩猟や食の対象には見えないわけで、、、、。飢えてないってことを差し引いても、そうは見えないと思う。 これはとっても大事なことだと思うんで、また報告します。 たとえば、朝ごはんがいちばん好きで、米(玄米でも可)、味噌汁(麦味噌が好き)、たまご焼きというシンプルな食事を飽きることなく永遠に食べ続けられるってことは、もともとそういうタイプなのかもしれん、とは思うのです。 アーメン。
テクノロジー
2月16日 日曜日 曇り おかしな時代に生きています。 僕らは稀有な時代に生きたというか、たとえばレコーディング技術に関していえば、アナログからデジタルに至るまで、ほぼ全ての方法で経験しているので、それぞれの長所と短所を知っています。それはモデリングしたものしか知らない若い世代に伝えないと、といつも思います。 昔の技術に敵わない部分というものは多々あるんです。だから、たとえばギターなんかも「レリック」と言う意味不明な技術があって、敢えて古いもののように新品にダメージを加える、とかね。 で、わたすが使っているアンプ。アマチュア時代に譲り受けて40数年、その頃はぜんぜん大したものではなかったんだけれど、60年代のものゆえ、使っているうちにオーナーとともにヴィンテージ化。今やとんでもない値段になり、おいそれと買えるものではなくなってしまったのです。 わたすは好きでそれを使い続けてきただけで、前にも書いたけれど、20歳の頃乗っていた黄色いVWビートル。ともだちが事故って廃車にしなければ、おそらく今でも乗っていたと思います。そういうタイプなんです。アンプのつまみの場所も、使っているギターも40数年そのまま。おそらく、そんなミュージシャン、わたすだけだと思われ。 で、そのアンプのリイシューものは雨後の筍のように売られています。使ってみたこともあるんだけど、ぜんぜんダメ。なにが違うのかわからないけれど、根本的にダメ。本物とはまるで違う。 先日、音楽界の重鎮である方がうちにきて、モデリング技術で作られたそのアンプの現代バージョンが素晴らしくて驚いた、と。ほぼ違いがわからない、と。本物は真空管でできていて、重たいし、メンテや調整、運搬や保管がとっても大変なのです。通常はガレージにハードケースに大量の乾燥剤を入れて保管してあり、ステージで使う際も、事情を知り尽くしているうちのテックチームがいなければ使えません。会場の電源によって、すぐノイズが乗ったりするからです。 なので、テックが来れないような現場でも使えるものを探していたけれど、ついに出会うことなく今に至ります。 で、彼がそう言うなら間違いないだろうと、わたすも買ってみたんす。昨日届いて愕然! これはすごいな。真空管もなにも入っていないのです。たぶんICチップに本物のあらゆる情報が書き込まれている。それゆえ、むちゃくちゃ軽い。そして値段も本物の10分の1くらい。思わず広島のともだちに電話したっす。「これ、買った方がいいよ!」って。笑。 ここまで来たかモデリング技術!。まだ本番で使ったことないからわからないけれど、近所のセッションなんかはすごく楽になります。だって軽いんだもん。どんだけ軽いかというと、大きめの音で鳴らすと自分の音でアンプが動くくらい。笑。 ただね。ICチップゆえ、経年変化するのはスピーカーだけ。通常真空管のアンプは使い方によって、音が変わっていきます。わたすのは40年超使っているので、もはや古女房みたいなものなんです。そういう愉しみは皆無だけれど。本物を知った上で使うにはとてもいいかも。 常々考えていることは。 もうレコーディングスタジオに行って、録音する時代は終わったと思うのです。サブスクが主流になった以上、コストがかかりすぎて無理なのです。だから、自然に囲まれた場所にいつでも演奏できる空間が欲しい。自分の目に適ったドラムやアンプや鍵盤が設置してあって、思いついたときにいつでも録音できる。次のアルバムはまだ無理だけれど、そんな場所を作ることができれば、と考えています。 ついしん 5/5の千葉ANGAのソロ公演、申込先が去年のものになっていたそうです。すいません!ただしくはこちらです!
気づき
2月15日 土曜日 曇り 弾丸のような3日間から帰ってきました。 最終日は素晴らしいパウダーがあることがわかっていたのです。前日の嵐で雪は降り積もり、明けて翌日はピーカン。これは極上の経験を意味します。 んなもん、寝ている場合ではない。 ワインを一本あけて夜中まで詩を書いていたにも関わらず、バッチリ4時に目を覚まして温泉で覚醒。夜明け前に旅館を出て、山には一番乗り。ジャンキーたちが続々と集結。 至福の時間。 筋肉の限界まで滑って、麓で温泉に入って350キロ直帰。 こんな3日を過ごしたら、フツー疲れるはずなのに、まったくそうではない不思議。全身の筋肉に血が通っているのがわかるし、スピリットも健全化。要するにすべてが整って、鋭敏になっているのがわかります。 今朝も4時には起き出して、まずは洗車。融雪剤まみれなので、やらなきゃならないのです。あれ、ギアたちは?って思い返してみると、昨日のうちにすべてメンテや洗濯を終えているという。す、すごいなオレ。 なんだか、元気すぎて気持ち悪いっす。笑。 あの凛とした自然の中で、嵐に揉まれ、風に吹き飛ばされ、パウダーにも恵まれ、思いきっり体を動かして、温泉でほぐされ、夜は詩作して、完全に活性化してるってことなんだと思います。それゆえ、通常の疲れみたいなことは当てはまらない。筋肉痛すらない。ちょっと信じられない。 敢えて書くなら、食事は全面的に酷かった。くらいかな。好きな店がいくつかあるんだけど、そこに行く時間すらなかった。 たぶん、planet earthからものすごいエネルギーを注入されたんだと思います。これって今のオレにはもっとも必要なことだったんだと。雪山から受け取るエネルギー、温泉から受け取るエネルギー。まるで、ガソリンを満タンにしたような感覚。あとは、このエメルギーを世界のために使うだけ。 最終日。一本だけスキーの先生がタイミングを合わせてくれて、僕の前をスノーボードで滑ってくれたんだけど。おじさんなのに、少年2匹。笑。あの一本から学ぶことはたくさんありました。普段ひとりで滑っている分だけ。達人と同じラインを描くためには「一瞬」で学べることがたくさんあるんです。 それから筋肉が限界を迎えて帰るまで。ものすごく伸びたんです。 随意筋と不随意筋があって。自分の意思で動かすのが前者。心臓のように意思とかは関係なく動くのが後者。 随意筋を不随意筋のように動かすこと。たぶんギターはそのレベルにあるんだけど、「わかった!」って感覚はこの感じかな。音楽とまるで同じです。 にしても。長野って、オレにはワンダーランドすぎる。わざわざ外国に行く必要なし!温泉がある時点で長野の一本勝ちです。住みたい。南信なのか、北信なのか、中信なのか。うーん。
浮き彫りにされるもの
2月14日 金曜日 嵐 嵐の日。 宿でじっとして、曲を書くという選択肢もあった。でも好奇心の方が勝った。どうしようもなくなる前に、引き返す勇気だけはもって山に向かう。 いやはや。いつだったか二日酔いのおおはた君を乗せてジョニ・ミッチェルを聴きながら、吹雪の中、山形から弘前に走ったことがある。あれはほんとうに怖かった。夜だったしね。しかも四駆じゃなかった。飛んでくる雪に催眠術をかけられてるみたいで、わずかに反射するガードレールのリフレクターだけが頼り。生きた心地がしなかったけど、おおはた君は爆睡してたっけ。大物だよ。笑。 今日のは、ブリザートてか、地吹雪ってか。ホワイトアウトでなんにも見えない。道どこ?みたいな。こんなことのために四駆に乗ってるんだけど、フロントガラスが凍結して、さらになんにも見えなくなる。すごいな、、、。 インスタにアップした映像なんて、余裕があるときに撮ってるわけで、あんなレベルじゃないんです。 こんな嵐の中でも細々と小さいリフトだけ動いてる山があって、そこになんとかたどり着いた。でも、嵐のおかげで、ロケットフィッシュに乗れたよ。パウダーがそれなりにあったから。それはほんとに愉しかった。 こんな環境の中にいると、ニンゲンのいろんなものがあぶり出しみたいに浮かび上がってくる。それが興味深かった。こんな山奥にまできて、どうして群れるのか、オレにはまったく理解できない。ひとりで嵐に揉まれてるから、聞こえてくる声がある。それが聞きたくてここにいるのは、、、、、どうやらオレだけ、みたいだね。 山奥で人間観察。ある種の本質みたいなものが見えてくる。人間って集団でいると危機的状況に陥るまで危険を感じない生き物なんだね。で、たぶんそれがわかった途端一気に暴走を始める。 ちょっと怖かった。 さぁ、明日は晴れそうだね。それは朝イチに行かなきゃでしょ。わたすもジャンキーなのです。パウダージャンキーってやつ。あれはね、合法だもん。ほんとうにたまらないんです。孫悟空が金団雲に乗ってる感じって言えばいいのかな? バックカントリーがなにかもわかってなかった頃、異国の山で随分やらかしたと思います。あ、これは死ぬんだ、とか、発見されるのは春だな、とか。脱出できないことやツリーホールの恐ろしさとか。誰かがいるからって、ついていくことの危うさとか。ほんとうにこれが一番危ない。 いつだって頼りにしなきゃいけないのは自分。自己責任って、書くのは簡単だけどね。遭難してる人はほぼ一人じゃないでしょ?一人だったら、本気で考えないとマジで危ないんだもん。 そんなことを改めて感じている日々です。この歳になると、怪我せず帰ること。なによりもこれが第一です。 「今度、骨折したら引退!」。CHABOさんの言葉は忘れません。
カモシカに遭う
2月13日 木曜日 曇り 午前3時台に家を出て約350キロ、雪山を目指す。なんでこんなアホな時間に出るのかって、経験上それが一番楽だから。土日はサンデードライバーで溢れるし、平日のこの時間帯はトラックも少ない。一直線に行って、思いっきり滑ったらボロボロになって、吸い込まれるように夜は眠れるから。 無事、シーズンイン。初日はとにかく怪我をしないこと。とはいえ、睡眠不足にも関わらず、オープンからクローズまで滑り続けて、もはやボロボロ。でも、最高! そしてJAPANには温泉がある。大好きな山から1時間くらい走った麓にこれまた世界一好きな温泉があってね。昭和がそのまま残ってる。インバウンドも少ない。泉質最高。入った瞬間、溶けた。なにもかも。疲れも、筋肉痛も、腹立たしいことも、なにもかも。 雪山といい、温泉といい。結局、オレは化石燃料を使って、地球に癒してもらってる。感謝しないと。もらってるだけじゃダメだね。恩返ししないと。 今日、野生のカモシカに遭ったんだよ。感動した。こんな過酷な環境でどうやって生きていくんだろうって。餌なんかないと思う。でも、めっちゃ綺麗な目をしてたよ。生きてる目。必死だった。当たり前だよね。いつだって生きるか死ぬかなんだもん。 恩返し。まずは曲。 ひなびた温泉宿の無駄にだだっ広い部屋に一人。睡魔に襲われる前に、曲を書きます。
変わったのは
2月12日 水曜日 晴れ 「山をどんなに奥まで行ったとしても、もはや日本じゃないんだよね」と言ったなら、かつて異国の山で同じ時間を過ごした兄貴分がこう言いました。 「山は同じ。変わったのは人間」。 なかなかに深い言葉でござりました。 時代に乗り遅れるなと恐怖を煽るのは誰だ?OSをアップデートしろと迫るのは誰だ? 見てみなよ。エレクトリックギターなんて60年前のものに誰も勝てない。曖昧だから、いいんだよ。そこにスピリットが宿ってるからいいんだよ。それすら投機の対象にする輩もいるけどね、、、、。 というわけで、早朝というか、夜明け前にここを出ます。命の洗濯って感じでしょうか。 行ってまいります。
数字は嘘つかない
2月11日 火曜日 晴れ 昨日、鯖の味噌煮が死ぬほど苦手だったと書いたら、こういうお便りをいただきました。 ———— おはようございます 今度,博多に帰られた時には,住吉にある煮魚少年という食堂に行ってみてください。そこの大将も小さい頃煮魚が苦手だったらしく,皆んなに煮魚でご飯がかきこめくらい美味しい煮魚を食べて欲しいとの思いで作ったお店です。という自分も煮魚が苦手ですがそこの鯖の味噌煮は絶品です。初めて食べた時は頭に電気が走ったくらい美味しかったです、今では週一くらいで通ってます。お味噌汁もとても美味しいです。それでは、寒い日が続きますがお身体にお気をつけてください。 ———— ありがとう!「煮魚少年」というネーミングにぐっときました。これは行ってみなければ!鯖の味噌煮をもし「美味い!」と思えたなら、もう何でも喰えそうな気がしてきたぞ。笑。各地の参鶏湯情報もありがとう!書き忘れたけど、豚足も食えません。あれは、足にしか見えないから。 ところで、昨日から個人事業主が避けては通れない「年貢(敢えてこう書きます)」の作業をやっております。これね、一年で一番前向きになれない日です。ほんとに苦痛、、、、。 とてもじゃないけど耐えられないので、最後はその道のプロにお任せするわけですが、それにしてもその前までは自分でやらなきゃいけないわけで。ほんとに苦痛、、、、アゲイン。言いたいことは山のようにある、、、、。 でもね。数字は嘘をつかないのです。まとめてみると、くっきりと生き方を変えたことなんかがわかる。ツアーを車で行くのをやめた、とか。ある意味、恐ろしいっすね。 父親は数学者でした。彼は「数字は美しい」と申しておりました。彼はアホな俺にこう教えてくれました。「公式にあてはめて問題を解くようなものは数学じゃない。公式という定理に自らたどり着くのが数学だよ」って。にゃる。言ってたことが、にゃんとなく、ようやくわかる気がするこの頃です。 わたすの言葉で言い換えると。「どんな道も突き詰めると、同じところに通じている」ってことかな。残念ながらそのマニュアルはないってことでもあるのかな。農業でも作陶でも写真でも運動でも、なんでもいいんだけど、道を極めた人と話すと、異口同音に同じことを言うのです。 さて、定理に到達すべく、年貢作業、がんばりますかね。。。 食べ物にまつわる笑い話。 福岡時代、ガールフレンドの家に挨拶に行ったのです。父上は昭和のザ・岩石岩男(がんせきいわお)みたいな方で。どえらく緊張したのを覚えています。彼、オレのために彼がいちばんのご馳走だと思っている「鯉」を一匹バイクで買いに行ってくれたんですね。わたす、魚がダメなのはもちろんですが、淡水魚は食べるものだと思ったことがない、、、。生の鯉を見たとき、体が震えました。これは人生最大の危機かもしれん、と。 ええ、わたすも博多の男です。こころの中で泣きながら食べました。あの、鯉と父上には申し訳ないけど、美味しくなかったです。てか、一生食べたくないです。でも今振り返ると、試されてたのかなぁ、とは思うんだけど、とってもいい思い出です。 年貢を終えたなら、明日の早朝からちょっとだけ、ようやく雪山に逃亡できそうです。雪山には45歳のときにオレにスキーを教えてくれた先生がいらっしゃって。 その先生がオリズルランをくださったんです。たいせつな方から25年前(だったかな?)にいただいたんだそうで。むっちゃ嬉しかったんす。で、そこからわたすの「花咲じじい化」が始まりまして、2年の間にオリズルランもビワも100鉢くらいファンや友人たちにお裾分けしました。各地で育って、また誰かの家にもらわれていく。わたすは子供がいないので、こういう連鎖がとっても嬉しいのです。 年貢作業から逃げたかったので、長くなりました。ええ、ちゃんとギターは持っていきますよ。早朝ロングドライヴ → 雪山 → 下山 → 温泉 → ビール → 作曲 みたいな夢の数日のはずです。笑。 行ってきマックス。 「カモネギセール」におけるミステイク、シャチョー、責任をもって対応したつもりで、晴々とした気持ちで雪山に行くのですが、もしなにかあれば遠慮なく連絡してください。スタッフが対応し、戻り次第シャチョーがお詫びとともに発送します。
すっぽんと参鶏湯
2月10日 月曜日 晴れ 30過ぎるまで、玄界灘の魚どころで育ったにも関わらず、魚をまるで食べることができなかったのです。晩御飯のメインディッシュが鯖の味噌煮だと知ったら、幼心に家に帰りたくなかった。それは今でも苦手だけど。 ある日、ここでダメなら一生食べなくていい、と。ゲイのカップルが営む超絶マニアックな鮨屋に連れていかれ。あまりの美味さに、その日のうちに開眼。以来ほぼすべての魚が食べられるようになりました。 要するに好き嫌いが激しい。違うか、思い込みが激しい。 でもこの頃思うのです。グルメじゃないけど、美味しいものは経験しておきたい。 そう思い直して生きてみると、この世からなくなればいいと思っていたパクチーでさえ食べられるようになりました。 でね。最後の難関。すっぽんと参鶏湯。 発熱して死んでるときにともだちが(たぶん)高級な参鶏湯セットを伊勢丹から送ってくれたんだけど、煮れば煮るほど鍋が地獄絵図。あれはハードル高い。怖すぎる。同じくそのともだちが、すっぽんを送ってくれたんだけど、「これってカメじゃん!」。ついに口に入れる勇気はなく。 でも。最近カメ(すっぽん)を捕獲して、むっちゃ美味しそうに食べてる動画を見たのです。絵面は決して美味そうじゃないんだけど(かなり地獄絵図)きっと美味いに違いない。 食べてみようかな、いや、食べてみたい。 トライして、二度と食べたくないもの。→ ワニ、カンガルー、ドジョウ、ホヤ、クサヤ、あ、ジビエ類も。 トライして好きになったもの。→ 魚全般(トロは苦手)、パクチー、すいか、うなぎ(これはほんとに美味さが分からなかった)など。 死ぬまでにもう一度参鶏湯に挑戦しようと思うのです。そうしよう!
力尽きる
2月9日 日曜日 晴れ 土曜日、発送が終わったNO REGRETS社をきれいに片付け、帰ってきてやっとこさスノーボードのメンテ&チューン&ワクシング。やらないと雪山にも行けないし。 そこまで終わって、インスタントラーメンを食したなら、急激に小麦粉が効いたのか津波のように睡魔と疲れが襲ってきて、ソファーで死亡。日暮れても立ち上がれず、そのままベッドに行ってさきほど朝の9時まで寝てました。 復活!って小学生か。笑。 身体は正直なので。「もうやめてください!」ってサインだったと思われ。そういう声は素直に聞いた方がいいと思います。各地からのオファーを断らなきゃいけないことをほんとうに心苦しく思っています。でも、倒れたら元も子もないので。ご理解ください。ほんとにごめんね。その分、新しい音楽を創ることを第一に生きていきます。 今日あたりまでで「カモネギセール」、ほぼ届いていると思うので、不具合は確認の上、連絡ください。マッハ対応します。 昨年の「東北恩返し編」で制作された「磐城壽」とHWのコラボ枡。ツアーで配布された余りを販売させてもらい、その売上をすべて復興酒「甦る」の酒米「さわのはな」を刈り取るためにこのblogの読者から寄付されたコンバインの修理費に充てさせてもらうことにしました。 おかげさまで枡は在庫が全部なくなりました。なので、 製造原価@625円✕54個=33,750円 を月末に山形県長井市有志に振り込ませていただきます。ほんとうにありがとう。コンバインは春先に修理見積もりがわかるそうなので、MY LIFE IS MY MESSAGEも含め、サポートの方法を考えていきたいと思っています。 引き続き応援よろしゅうお願いします!!